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つまらないゲームにも見所が。 

text by

鈴井智彦

鈴井智彦Tomohiko Suzui

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photograph byTomohiko Suzui

posted2004/11/04 00:00

つまらないゲームにも見所が。<Number Web> photograph by Tomohiko Suzui

 くだらないゲームにも、驚きがある。あくびを噛み殺して見ていた10月30日のバレンシア対アトレティコ・マドリー戦が、それに当てはまるわけだけど、あの試合にはいくつかの駆け引きがあった。

 フィルム(いまはデジタルですけど)に収めたいと考えていたのは、20歳のフェルナンド・トーレスと11月3日で25歳になるアイマールだった。開始早々にヘディングでボールをコンタクトしようとしたアイマールが顔面を相手ディフェンダーに蹴られ、タンカで運ばれてしまったのは、予想外で。鼻血で顔を赤く染め、意識が朦朧としていたアイマールの無事が確認できたから良かったけど、困ったのはディ・バイオが投入されてからのバレンシアだった。インテルのマンチーニ監督に「とても、オフェンシブなスタイルだ」といわれたのが、社交辞令に思えてならないほどに単調なフィードを繰り返す。ミスタとディ・バイオの2トップはチャンピオンズ・リーグのなかでは、かなり弱いコンビに映る。インテルのアドリアーノとビエリにはほど遠い。

 それでも、先制点を奪ったのはバレンシアだった。何度もしつこく前線のスペースを突いていたのが、実を結んだ。ひとり抜け出したディ・バイオに向かって、GKレオ・フランコがペナルティ・エリアを飛び出して応戦したのだ。きれいに決まればスーパー・プレーになるのだが、ルーズ・ボールはディ・バイオの足元に転がった。完全な判断ミスだ。ディ・バイオのシュートはDFに阻止されたが、こぼれ球をアングロが押し込んだ。

イタリアのフットボールは縦へ蹴りこむばかりで面白くないという声もあるが、スペインのフットボールは苛立たしいほどボールをこねるという声もあるわけで、いまのラニエリ色を毛嫌いするかどうか(しているけど)はさておき、再三に渡って前線のスペースを有効に利用したからゴールは生まれた。それにしても、バレンシアの選手というのはほんとに忠実で、ベニーテス前監督とは明らかにスタイルの異なる戦術を黙々とこなしているのが、わかる。頻繁に、かなり深い位置からボールが前へ飛んでいくことは、昨シーズンにはなかった。一番困惑しているのが、バラッハとアルベルダの中盤だ。これほどの変化にレアル・マドリーの選手はついていけないだろう。ついていけないから、カマーチョは辞任したんだった。アイマールがいれば、バレンシアのボールの流れはまた違うのだろうけど、彼は開始7分で病院送りにされている。

 アトレティコにしても、バレンシアのパスミスのオンパレードにお付き合いしてトーレスまでボールが運べないでいるから、鬱憤もたまる。しかも、63分に失点した数分後に、パウノビッチがアウェーの洗礼を受けた。バレンシアのフリーキックの際、ボールをマークしていた彼に2枚目のイエロー・カードが出されたのだ。バラッハが審判に「邪魔だ」と伝えることもなく、有無をいわずに目の前のパウノビッチにボールをブチ当てたからなんだけれども。パウノビッチにすれば仲間は守備体制に入っていて、リードを奪われていたから時間稼ぎするほどの余裕はない。いつものクセで、だった。ビセンテ・カルデロンでは審判からの注意だけでリスタートできただろうけど、そこはメスタージャだ。バラッハのずる賢さは、バレンシアに追い風を吹かせた。

それからというもの……。10人のアトレティコが攻撃する時間はまったく訪れず、かといってバレンシアの猛攻撃が展開されるわけでもない退屈な展開が続いた。だが、試合は再び、動く。トーレスのゴール・シーンはバルセロナ時代のロナウドを思い出させた。似ている。左のわき腹を傷めていたトーレスは、途中で手当てを受けたあとも右手で支えていたほどだから、かなりの激痛があったのだろう。そこで、ほとんど孤立していた彼は死んだふりをしていた。あの瞬間まで。シメオネから左のスペースへ出たループパスをピタリと足元に抑えると、まずはナバーロを振り切った。その後ろからマルチェナがカバーに入る。そのまま縦に抜けてシュートを放つかと思えば、中央に軌道を変えた。左足、しかもゴールへのコースが狭くなっていくのを嫌った。ナバーロとマルチェナはその切り返しについていけない。3人目のディフェンダーが戻ってきたときには、トーレスは右足を振り切っていた。わき腹を抱えて、喜ぶ。彼のなかで、残りの体力を生かせる回数もチャンスもあと一度あるかないかだろう、と計算されていたかのようなゴールへの集中力だった。

終了のホイッスルが鳴る。目の前でムサンパが小さなガッツポーズをする。その向こうではトーレスが納得のいかない顔を地面にむけて去っていく。試合後の感触はそれぞれだけど、アトレティコには価値のある1ポイントだ。遠慮がちな喜び。ラニエリのフットボール。バラッハのずる賢さ。トーレスの集中力etc……。ムサンパの喜びに相槌を打ちながら、つまらないゲームでも、なぜかいろんな画が浮かんできた。

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