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必然だったミルコの敗戦 

text by

石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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photograph bySusumu Nagao

posted2007/05/08 00:00

必然だったミルコの敗戦<Number Web> photograph by Susumu Nagao

 勝ちに偶然の勝ちあり、負けに偶然の負けなし──とよく語られるものだが、4月21日に開催された『UFC70』で起こってしまったミルコ・クロコップの壮絶なKO負けは、その言葉が示すとおり偶然の負けだとは思えない。

 ハイライトとなった右ハイキックを食らい失神したシーンだけを見れば、3年前のケビン・ランデルマン戦で犯した油断によるKO負けと同様に感じられるが、その内実はそんな単純なものではない。ミルコは、PRIDEとUFCに横たわる“溝”に足を取られたといっても過言はないだろう。

 UFCデビュー戦で勝利を飾り、順調な滑り出しを果たしたと思われていたミルコの今回の相手は、ガブリエル・ゴンガザという寝技をバックボーンに持つ、実力はありながらもUFCでは中堅クラスをうろついている選手である。今夏にもヘビー級タイトル挑戦が囁かれているミルコにすれば、簡単には落とすことのできない試合だった。

 試合が開始されると、ゴンガザはサウスポー対策の定石である、時計回り(右回り)に動きミルコに的を絞らせない。ミルコもデビュー戦で相手に距離をとられ、回られた経験からか、さりとて焦る様子もなくゴンガザをゆっくりと捉えようと狙っている。2分30秒過ぎ、ミルコが左ローを放つと、ゴンガザは待ってましたとばかり足をキャッチしテイクダンに成功。ゴンガザはトップをキープし、ミルコは下でクローズドガードになり次の流れを模索する。

 よくある展開ではあるが、安易に足を取らせてしまったミルコにはいささか問題があるように思える。これまでガード・ポジションになって強いプレッシャーを凌いできた経験はあるものの、ここからミルコはPRIDEとは異なるUFCの洗礼を浴びることになるのだ。

 ミルコはガード・ポジションからゴンガザの腕を自身の体にグッと引き寄せた。PRIDEならば、この攻防で問題はないだろう。仮に腕を引き抜かれ相手がパウンドを狙ったとしても、そのパウンドを繰り出すためのモーションの大きさから脇を差すなりかわすなり直撃は避けられる。が、ここはUFCである。PRIDEとはちがい、UFCではルール上、『ヒジ打ち』が認められているのだ。

 ゴンガザは、ミルコに引き寄せられた腕を下に引き抜くと、そのまま連動させヒジを返し最短距離でミルコの側頭部へ素早く打ちつける。まさに合理的とも呼べるヒジの使い方により、ミルコはほとんどディフェンスをする間合いを失い打撃を食らい続けてしまう。ミルコももちろんヒジ対策をしてきたとは思うが、そのあまりにヒジを被弾させてしまう姿は、まだUFCに順応できていない悲哀を感じさせるほどのものだった。PRIDEグランプリ王者が、鳴り物入りで登場したUFCで面白いように打ちのめされている……これが現実。ミルコは約2分間ヒジ打ちを食らいつづけ、頭部から鮮血を流した。

 立ち技において、ヒジの有るムエタイとヒジの無いK−1に戦術的な確固たる差があるように、総合格闘技もまたヒジの有る無しで、戦況は大きく変化するのだ。またオクタゴンという金網とリングという環境の差も無視できない。あくまでも一例ではあるが、ミルコは組んでいた足を自ら切って、パスをされてしまう恐れはあるがオープン・ガードの状態にし、金網に手をかけ立ち上がる手段もあったはず。ロープに手をかけることが禁じられているPRIDEで戦ってきたミルコには、そう望むのは難しいことかもしれない。極論を言ってしまえば、ムエタイとK−1がそうであるように、UFCとPRIDEは別競技だと捉えて然りである。

 1ラウンド残り30秒、ミルコが金網に押し付けられた状態でブレイクがかかりスタンドへ。すでにミルコはダメージの色が濃く、集中力も切れ動きは緩慢に。そして、試合時間数秒を残しゴンガザの右ハイキックで轟沈した……。

 偶然ではない必然の負け──これで、ミルコが望んでいた夏のタイトル挑戦は霧散した。

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