総合格闘技への誘いBACK NUMBER

格闘技界をマネーゲームの波が襲う。 

text by

石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

PROFILE

photograph bySusumu Nagao

posted2007/03/07 00:00

格闘技界をマネーゲームの波が襲う。<Number Web> photograph by Susumu Nagao

 ヒョードルよ、おまえもか……。

 先月の中旬のこと、昨年旗揚げしたばかりのMMA団体『Bodog Fight(ボードッグ・ファイト)』が、4月14日にロシア・サンクトペテルブルグで開催される大会でエメリヤーエンコ・ヒョードルVS.マット・リンドランドというカードがあることを発表した。

 ミルコ・クロコップのUFC参戦につづくPRIDEの顔ともいえるヒョードルの他リングへの出場。真偽のほどは定かではないが、ヒョードルのBodog出場は以前からまことしやかに囁かれていた注目の事柄だった。ご存知のようにヒョードルの比類なき強さは誰の目から見ても明らかであり、UFCをはじめどこのリングでも喉から手の出るほど欲しい選手である。もし、これが真実とするならば、日本のMMA界の未来にとって決して明るい話ではない。これまで当たり前のように生観戦できていた最高の実力を有した選手たちが次から次へと海外へ流出していく。競技的なレベルはもちろん魅力的な選手が眼前で見られないとなれば、求心力を失い日本のMMAを取り巻く環境は先細りしていく一方だ。

 もっともこの報を受けてDSEの榊原信行社長は、「そのような接触があることは確かのようですが、ヒョードルとは独占契約を結んでいるので、それを守って欲しいと思っています。誇りを失って欲しくないし、お金で魂を売るようなマネはして欲しくない。もちろん、ヒョードルはそのような男ではないと信じています」と噂を否定しヒョードルに対し警鐘を鳴らしている。一方、Bodog Fightの関係者筋からは「契約には穴がある」という声も聞こえてくるし、ヒョードル自身もオフィシャルHPで参戦を匂わすコメントを流しており、こればかりはこの業界の常なのか蓋を開けてみるまでは分からない。ヒョードルとBodog Fightとの契約は1試合のみとも伝えられている。だが、実現するといった前提で動いていたものが突然反故になることは珍しくない。また、その逆もしかり。

 さて、このヒョードル参戦を画策するBodog Fightは一体どんな団体なのか。

 現在、アメリカでは未曾有の総合格闘技ブームであることはこのコラムでも常々説明している。結果、PPV放送で50万件以上の契約を結ぶUFCの成功にともないさまざまな団体が立ち上がっている。PRIDEもそんな伸び盛りのアメリカ市場を目指した一例だろう。しかし、経営的体力のない小団体は、立ち上げたはいいものの資金繰りに困窮しあっというまに潰れ、挙句の果てには選手ともども他団体に吸収されるという現象が起こっている。

 その点においてBodog Fightは、新興団体でありながら資金力に恵まれている。オーナーのカナダ人カルバン・エアーは、スポーツの試合のベッティングや、競馬、スロットマシーン、ブラックジャック、ルーレット、ポーカーといったギャンブルをインターネット上で展開する、オンラインカジノ会社『Bodog』を経営する人物として、この10年ほど活躍してきたという。

 現在、オンラインカジノはネット上に2000件以上あるといわれ、その手軽さとこの世から決していなくなることないギャンブラーたちに支えられ急成長を遂げている業界である。その経営体質は、素人でも莫大な資金を集められるだろうと容易に想像できる。ただ、Bodogはオンラインカジノばかりではなく、インターネットやPPV放送の分野で多角的な経営を進めており、着実な業績を上げているという。MMA進出もその業務拡張の一環だ。

 元々、BodogはMMAの試合に広告を出そうとしていたというが、さまざまな制約により実現には至らなかった。しかし、このビジネスのリサーチを重ねるうちに、また格闘技好景気もあって自ら団体を運営することを決断。格闘技団体MFCを傘下に納め昨年より本格的な活動を行っている。年末の第1回PPV放送では、柔術やグラップル界で名を馳せた“グレイシー最後の大物”と呼ばれるホジャー・グレイシーをリングに上げ、業界の話題をさらったものだ。

 どこの団体も表向きマネーゲームをする気はないとは言うものの、先ほどの榊原社長の発言を見て取れるように資金力というものはエース級の選手の心を揺さぶることを可能にしてしまう。ここ数年来、欧州サッカーなどではオイルマネー長者が跋扈しているが、同様の現象が格闘技業界でも起こりつつありそうだ。カジノマネーによって。

 だが、果たしてそれは格闘技の進歩を意味することなのかは、今はまだ分からない……。

ページトップ