カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:ソウル「懐かしの韓国」 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

PROFILE

photograph byShigeki Sugiyama

posted2005/07/25 00:00

From:ソウル「懐かしの韓国」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

非現実感を味わう夢の世界のような国、韓国。

美人コンパニオン、ポシンタン(犬鍋)、足マッサージ屋さん……。

そこでは僕は不思議と郷愁を抱いてしまうのだ。

 ピースカップの取材のために、韓国にやってきた。最初に訪問したのは、3年前、韓国がスペインを倒した思い出の場所、光州(カンジュ)。そこでPSVの試合を、ヒディンクという監督をキーワードに、ノスタルジーと今日性を味わいながら観戦したのだけれど、それを熱く語ることは、この連載には似つかわしくないので、まずはその受付で、僕を待ち受けていた美人コンパニオンさんの話から。

 それは、とびきり、だった。単なる美人ではない。ふるーい顔立ちをした美人なのだ。傍らにいた同行編集者(25歳男子)は、「だったら、古風な美人といって下さいョ、スギヤマさん」と、語彙のなさを指摘したが、僕はくじけなかった。というか、すかさず反撃に出た。古風なと言ってしまえば、世の中に数多く生息することを意味するありきたりな表現になる。「そうではないのだョ、キミ」。日本では絶滅してしまった類の美人。戦前にタイムスリップしない限り拝むことができない、今風な香りが一切しない超古典的な美人なのだ。

 25歳男子は、僕との会話をなんとか成立させようと「じゃあ、原節子って感じですか?」と、返してきたが、焦点をそこまで絞られると、逆に現実的になってしまうではないか。僕は、ひとりぼっちになるしかなかった。そして、夢を見ているような遠くて淡い、心地良い気分に浸った。この懐かしい感じって何?

 韓国全体に当てはまる印象でもある。日本の生活の延長上を行く現代性は十分に共有できるとはいえ、細部はすべてぼやけて見える。夢の世界にいるような非現実感、不思議さを、韓国で僕は気が付けば抱いている。

 3年前に起きたヒディンク・韓国の快進撃を振り返れば、ますますそんな気分になる。真っ赤に染まったスタンド。テーハミングの大合唱。その中を旅して回った記憶は、同じ時に日本サイドを旅したモノとはまるで違うのだ。片や夢の中。片や超現実。対照的な2点間を、僕は3年前の1ヶ月間に6度往復した。それこそが、2002年W杯の一番の思い出だ。

 例の美人コンパニオンに、思い切って話しかけてみた。一応英語で。「トイレはどこにあるんですか?」。驚いたのは「真っ直ぐ行って右になります」という答えだった。彼女は日本語で、僕にそう説明したのだ。まさに夢のような展開でしょ。

 翌日、統一展望台という国境付近にある高台から、北朝鮮の国土を眺めた。脱北者が経営しているレストランで冷麺を食べ、そして、八百屋で西瓜を買い、その場でカットしてもらい丸かじりした。滅茶苦茶甘かった。ふとパラグアイを想起した。'99年コパアメリカの時に食べた西瓜の味を。パラグアイの西瓜も、本当に美味かった。甘くてジューシーで、歯触りも抜群だった。タイの「ウォーターメロンジュース」も捨てがたい味覚ではあるけれど(

)、懐かしさという点ではパラグアイの西瓜に劣る。

 パラグアイは田舎だった。西瓜をほおばりながら、同行カメラマン(推定52歳)は、しみじみとこう呟いた。「パラグアイの星空は本当に綺麗だったね」と。推定52歳氏とはパラグアイにも同行した間柄。会話は簡単に成立した。

 パラグアイの国土は大半が草原だ。その中を走る一本道を真夜中に車で行けば、満天の星を拝むことができるわけだが、これがただモノではないのである。驚嘆せずにはいられない世界遺産とも言うべき絶景なのだ。辺りは一面真っ暗闇。よって地平線ギリギリまで星がある。地面以外の全ての世界に星が文字通りパノラマ状態で浮いてた。西瓜を食べながら2人は、真横に星が見えた瞬間の感激を懐かしんでいた。

 イグアスの滝を見るために、パラグアイから半日旅行でブラジルを訪れ、再びパラグアイ国境の街に戻ってきた時、僕は冗談でこう言った記憶がある。「ここは北朝鮮みたいだ」と。あのブラジルが都会に見えるほど、パラグアイは田舎だった。その国境の町は寂しかった。いったい、本当の北朝鮮はどうなっているのだろうか。

 そして、ソウルへ。僕たちは、さっそく禁断の領域に足を踏み入れた。ポシンタン(犬鍋)に人生初挑戦したのである。「あれ?」って感じだった。子供の時、食べたことがあるような、懐かしい味がした。まさに韓国の不思議さを象徴する味だった。

 その夜、25歳男子とともに、明洞(ミョンドン)の足マッサージ屋さんに出かけた。すると、女性マッサージ師は、ヤスリのようなもので僕の足裏をせっせとこすりはじめた。と同時に、かかと付近から白い角質が、雪のようにこぼれ落ちてきた。傍らの25歳男子は、それを一目見るなりのけぞり、顔色を変えた。汚いモノを見てしまったような失礼な態度をとったので、僕はこう捨てぜりふを吐いてやった。「キミの場合はまだまだ修行が足りないんだよ。この角質は、カンポを駆けめぐった末についてしまった勲章さ。お分かり!?」。

 かかとの分厚い角質が、すっかりそぎ落とされたからに違いない。僕は、いまとても悪いバランスでソウルの街を踏みしめている。真っ直ぐ歩こうとすると、心なしかモジモジとした、内股気味のステップになっている。それが今後の足取りに、どんな影響を及ぼすのか。

 足取りといえば、現在、豪州をはじめ4か国から代表監督のオファーが来ているヒディンクの動向も気になるところだ。3年前、まさか3年後の韓国で、それが大きな話題を集めることになろうとは、夢にも思わなかった。カンポを巡れば、因果も巡る?

ページトップ