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短いバットと200本安打。
~イチローは100年前にもいた!?~ 

text by

芝山幹郎

芝山幹郎Mikio Shibayama

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photograph byStephen Dunn/Getty Images|National Baseball Hall of Fame Library/MLB Photos via Getty Images

posted2009/06/09 06:01

短いバットと200本安打。~イチローは100年前にもいた!?~<Number Web> photograph by Stephen Dunn/Getty Images|National Baseball Hall of Fame Library/MLB Photos via Getty Images

キーラーは2123試合に出場して2932安打。イチローのペースはこれを上回る

 イチローの連続試合安打記録が27で止まった。滑り出しが静かだった割には安打積み重ねの感触がよかっただけに、今回はもう少し数字が伸びるかな、と思っていたのだが、やはりストリークはむずかしい。それでも、記録が途切れた翌日には3安打の固め打ち。これでまた、9年連続200本安打の可能性はぐっと高くなった。

 連続試合安打と連続年間200安打。打てば打つほど記録の更新が騒がれるのは好打者の宿命かもしれないが、イチローの場合、前世に深い因縁があったのではないかと勘繰りたくなる打者が何人かいる。

 そのうちのひとりが、ウィー・ウィリー・キーラーだ。

現代ならば300安打!? “ちっぽけな”大リーガーの金字塔。

 キーラーのデビューは1892年だった。イチローが日本のプロ野球でデビューするちょうど100年前にあたる。

 キーラーは身長が160センチ強しかなかった。当時、大リーガーの平均身長は173センチだったが、ひときわ小柄だったことはまちがいない。しかも、体重は63キロ。「ウィー(ちっぽけな)」の綽名がついたのも無理からぬところだが、その打撃術は抜群だった。

 彼のバットは77センチしか長さがなかった。「物干し竿」と呼ばれた藤村富美男のバット(92.5センチ)に比べると、15センチ以上も短い。イチローのバット(85センチ)やベーブ・ルースのバット(89センチ)と比べてもかなり短い。

 そんなバットを、さらに2握り以上短く持ってキーラーは安打(主に単打)を量産した。内野手が前進すればちょこんと当てて頭上を越し、後退して守ればすかさずバントヒットを決める。1894年から8年連続で200本安打を記録したことは周知の事実だが、これは2008年、イチローに並ばれるまで100年以上にわたる不滅の金字塔だった。ファウルをストライクにカウントしなかった時代とはいえ、年間試合数が130に満たなかったのだから、その価値は素晴らしく高い。1897年には、129試合で239安打を放って4割2分4厘の高打率を残している。現行の162試合に換算すると300安打。眼のくらみそうな数字だ。

イチローは「大リーグ史上でも特殊」なバッターになる。

 同じ1897年に、キーラーは開幕から44試合連続安打の記録も残している。96年の最終戦でもヒットを打っているので、実際は45試合連続安打になるのだが、これも長期にわたる大リーグ記録だった。破ったのは、いうまでもなくジョー・ディマジオ。1941年の56試合連続安打は、いまなおもうひとつの金字塔として球史に燦然と輝いている。

 というわけで、イチローとキーラーの因縁は相当に深い。連続試合安打のほうはいったん途切れてしまったが、シーズンはまだ長いし、9月に入ればキーラーの名はもっとしばしばささやかれるにちがいない。

 ただ、今季以降のイチローは彼とは異なった軌跡を描くはずだ。キーラーは35歳を峠に急激な衰えを見せたが、イチローにはまだまだ別の展望がある。そうなったらなったで、今度はタイ・カッブやテッド・ウィリアムズやピート・ローズの名が取り沙汰されることだろう。「日本で特殊、アメリカでも特殊」だったイチローは、「アメリカで特殊、大リーグ史上でも特殊」な打者になりつつある。

■関連コラム ► 敗北感と涙の先に。イチローを襲ったはじめての感情。 (08/04/03)
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