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セバスティアン・ジョビンコ 「アズーリの小さな至宝」 

text by

宮崎隆司

宮崎隆司Takashi Miyazaki

PROFILE

posted2007/12/13 00:23

 今夏の合宿初日、7月の太陽に照らされたセバスティアン・ジョビンコは、居並ぶベテランMFとDF7人を抜き去りゴールを決めた。移籍先の先輩たちへの“名刺代わりの1発”。164cmの小柄な身体から繰り出される鋭いドリブルを間近で見ていた監督のルイジ・カーニは何かに納得したかのような表情で頷き、抜かれた選手たちは互いに顔を見合わせ、練習場に居合わせたファンは口々にこう呟いていた。

 「こいつが、噂のセバスティアンか?」

 所有権はユベントスにあり、今季からエンポリへレンタルに出された、現イタリア代表U-21のエース。その球捌きは実に小気味よく、ラボーナやエラスティコを躊躇なく繰り出す姿には「本物」の匂いが濃く漂う。W杯制覇4度を成しとげたイタリアの肥沃な地から、また新たな至宝が生まれようとしている。そう感じさせるには十分な存在だ。

 「骨を作る」──。より選手としての完成度を高めるべく、若手をレンタルに出すことをイタリアではこう言う。目先の勝利が求められ、即戦力を重視するイタリア・サッカーでは、必然的に外国人スター選手への依存の割合が高く、国内の若手選手の起用は消極的にならざるを得ない。それを後押しするようにメディアもジョビンコのポジショニングの甘さを強調してきたが、12歳当時から今日までのジョビンコを知る元ユベントス・ユース監督のマッシモ・ストルガートは、すでに2年前、18歳の時点で彼の“教養”はAの水準に達していたと言い切る。

 「国内で最も厳しいとされるユベントス・ユースを生き延びて行くには高度な戦術理解が欠かせない。もちろん、セバスティアンのような身体の選手にはなおのことだ。他を圧倒するだけの戦術眼なくして、彼がユーベに留まることは不可能だった。その難しい条件を克服し、今ではより有効に自らを活かす術を完璧にマスターしている。フィールド全体を俯瞰する能力はぬきんでていて、必要なスペースを実に巧みに見出し、そこを正確につくことができる」

 しかしそこでも問題となったのは、ジョビンコの小さな身体に対する不安だった。ストルガートは続ける。

 「急ぐことで才能が傷付くのをクラブ側は怖れていた。そのため、Aへの到達は20歳まで待たねばならなかったんだ」

 とはいえ、そうした周囲の声をジョビンコがことごとく覆してきたのも事実だ。U-15国内リーグを制する原動力となり、U-16でさらに存在感を増し、そしてプリマベーラに上がると一人だけ違う次元のプレーを見せるようになった。堅実に階段を上がり、その過程で着実にスキルを磨き込んできた。そして18 歳になった年に初めてのプロ契約をユベントスと結んだ際、ジョビンコは「自分の能力を疑わなくなった」という。

 そして満を持してAに上がってきた彼を、前イタリア代表監督のマルチェッロ・リッピは次のように評す。

 「優れた俯瞰能力、視野の広さがあるからこそ、あの驚異的な足技が活きる。速く、そして巧い。トップスピードに入った彼を止めるのは、Aのディフェンダーたちにとっても至難の業だ。止めるには捨て身のファールしかなく、しかも彼には、アンドレア(・ピルロ)にも匹敵する精度のFKがある。あと2年、あるいは1年の後かもしれないが、我々はフル代表の中核となったジョビンコを眼にするはずだ」

 先のU-21ユーロ予選、11月16日のアゼルバイジャン戦でも、イタリアが挙げた5得点のうちの4本をアシスト。もはやアンダーの水準からは頭一つ抜け出ていることを示してみせた。だが、称賛と同時にリッピは、フル代表入りのためには、“まだわずかだが残る欠点”の克服が必要だと指摘している。知将ルイジ・カーニも次のように述べた。

 「この夏、“本物の才能を本物のプロへと仕上げてくれ”、そうユーベ首脳は私に言った。そして夏の合宿で彼を見て、ユース13年間で培った戦術的教養は高く、技術的にも申し分ないが、いま過信させてはAのディフェンダーたちに潰されてしまう、と思ったんだ」

 優れた技術を持つがゆえに、時に本能に右足を委ね過ぎてしまう。まだ時に教養を生かし切れない時があり、自らの技術を活かす上で今はまだムラと無駄がある、とカーニには見えたのだ。

 「ボールを足元に置いた際の、あの俊敏性と独特のリズム、優れた俯瞰能力を持つ以上、ロスをなくせばさらに完璧に近くなる。だからこそ今はあえて左のSHを課している。局面ごとに何が最も効果的なプレーかを考えさせ、身体に覚え込ませるために、ミスが直ちにチームの負う致命傷となるポジションを課しているんだ。この左SHというポジションは、将来のユーベと代表でナンバー10を手にするために、絶対に避けさせてはならないプロセスなんだ」

 しかし、11月27日、第13節終了時で18位の責任を取る形で監督のルイジ・カーニが解任され、アルベルト・マレサーニが後任に決まった。低迷はトップ下のイグリ・バンヌッキの不調が原因とも言われていて、早くもそこにジョビンコが座る可能性が出てきた。本人はこう語る。

 「プラティニとバッジョ、そしてゾラ。偉大な10番たちを追いかけてはいるけど、特に誰かのプレーを目指しているわけではない。今は自分のイメージを実際に表現しようと次のプレーに挑み、少しずつ、より鮮明に僕というプレイヤーの像を作り上げている最中なんだ。18の時に得た自信は今、確信に変わろうとしている。もちろん、いま何をすべきかということも常に考え続けている。ここには、より成長するために登るべき階段がきちんとあるからね」

ジョビンコ

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