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野口みずき「パリがくれたアドバンテージ」 

text by

黒井克行

黒井克行Katsuyuki Kuroi

PROFILE

posted2004/06/03 00:00

SPECIAL FEATURES

 

野口みずき「パリがくれたアドバンテージ」

 

 

黒井克行=文

text by Katsuyuki Kuroi

 

 「自分でも順調すぎて怖いんです。アテネ本番までこの調子で行ければいいんですけど」

 アテネ五輪まであと4カ月に迫った4月25日、兵庫リレーカーニバル・1万mで野口みずき(グローバリー)は自己記録を30秒近くも更新した。昨年8月の世界陸上から課題のひとつとして取り組んできたスピード練習の成果をレースで実証してみせた。

「目標にしていた31分30秒を9秒も切ることができたのでよかったです。次は30分台を狙いたいですね」― 代表の座を野口が手にしてから、既に8カ月がたっている。

「パリでの世界陸上の直後は、表彰とかイベントに時間をとられてしまって、思うように練習ができませんでした。予定していた10月の世界ハーフを走れませんでしたし、11、12月のハーフマラソンも優勝できましたが、思っていたような記録が出せずじまいでした。結局、本格的に練習ができたのは12月に入ってからですね」

 残念そうに語る野口だが、その頃はまだ東京国際(11月16日)が終わったばかりである。高橋尚子(スカイネットアジア航空)の失速で代表選考が混沌とした状況になったなか、野口はアテネ五輪に向けて本腰を入れ始めていた。彼女と行動をともにしている廣瀬永和(ルビ:ひさかず)コーチが当時を振りかえる。

「野口の言うとおり、代表内定以降は、取材が殺到して、環境の変化にとまどうこともありました。世界陸上の直後は、練習の質も量も落ちてしまったことは事実です。彼女もおそらくストレスを感じていたでしょう。でもたまっていた肉体的な疲労を回復できたという風に捉えることもできるわけで、12月以降はきちんと練習もできましたし、毎月1本のレースに出て調整してきたので、プラス材料の方が多かったのはまちがいないですね。

 欲を言えば、駆け引きができるような競ったレースも経験させたかった。競り合った上で勝つことも経験しないと、オリンピックのような大きな大会では、苦労するかもしれませんからね。まあ、野口のスタイルでは、どうしても一人でピョンと飛び出して、そのままゴールまで行ってしまうんですよ」

 年が明けてからは、奄美大島、中国・昆明、熊本と合宿地を変えながら、ハードなトレーニングを続けてきた。その結果は、予想よりも早く目に見える形で現れた。今年最初のレースとなった1月の宮崎女子ロード(ハーフマラソン)で、自己ベストを35秒更新。つづく2月の青梅マラソンでは30kmを1時間39 分09秒と高橋がもっていた大会記録を2分48秒も更新した。高低差87・5m、前半上り、後半下りという青梅マラソンのコースはアテネのコースを連想させる。それは野口自身も意識していた。

「高橋さんの大会記録を破るぞ、って思いながら走っていました。それにオリンピックに似たコースを調子よく走れたことはやっぱり自信になりました」

 廣瀬コーチも言う。

「あのペースでいけば、フルマラソンだと2時間20分もきれます。しかも、アップダウンが激しいコースだったので、あらためて彼女が力をつけてきていることを実感したし、もう少しで堂々と世界と戦えるじゃないか、と思いましたね」

 野口の口ぶりからは、後半にスピードが落ちなかったことが大きな自信につながっていることもうかがえる。

「直前の昆明合宿ではクロスカントリーのコースを走って、スピードの持久力を支える脚筋力を強化してきました。その成果がさっそく出た?― うーん、まだまだですね(笑)」

 今のフルマラソンでは後半の走りが順位、タイムに大きな影響を及ぼしている。代表を勝ち取った世界陸上で野口は、スピード強化の必要性を実感させられた。途中まで先頭集団を引っ張っていたものの、キャサリン・ヌデレバ(ケニア)の32km付近からのスパートについていくことができなかった。完全に力負けだった。

「あのときもヌデレバさんについていこうと思っていたのに、30kmまでに石畳のコースで消耗してしまって、足が動かなかったんです。離された瞬間にスピードを上げるなんて、とてもじゃないけどできなかった」

 熊本での合宿中も、坂道を往復するという練習をくりかえしていた。こうした補強ができるのも、昨年のうちに内定を勝ち取ったからできることだろう。時間に余裕がなければ、結果を急いで故障につながったり、逆に怪我を恐れて思い切った練習ができなくなってしまう。

「パリではアテネ行きを決めることができましたし、国内での選考レースを走らずに済むという時間的な余裕もあたえてくれました。それに後半のスピードという課題も見つかりました。もしかしたら、パリは私のこれからの陸上人生における原点になるかもしれません」

 3月15日に行なわれた代表選考は、大きな波紋をよぶ結果となった。国内における3つの選考レースを見ていた野口の頭の中を複雑な気持ちがよぎっていた。

「実績のある選手たちが集まった大阪国際、名古屋国際をテレビで見て、ゾッとしたんです。大阪国際はあれだけのメンバーだからすごいタイムが出ると思っていたんですが、あそこまで遅いペースになって驚きました。世界陸上で内定を取れていなかったら、たぶん私も大阪国際を走っていたと思うんです。それを考えたら……。

 私も走ったことがある名古屋国際では、土佐(礼子・三井住友海上)さんのねばり強い走りを見て、ゴールの時にテレビの前で感動してましたね。オリンピックに懸ける執念を感じたし、土佐さんの気合いが私にも伝わってきました」

(以下、Number603号へ)

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