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Round 1 Australian Grand-Prix 接戦の予感。 

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今宮純

今宮純Jun Imamiya

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posted2005/03/17 00:00

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[開幕戦レポート]Round1AustralianGrand-Prix 接戦の予感。

今宮純=文

text by Jun Imamiya

 もう夏は2月で終わった、と言ってもいいのだろう。35℃を超える猛暑が続いたメルボルンだったが、F1ウィークに入った3月からとたんに寒暖の差が激しくなり、開幕戦オーストラリアGPは雨にひっかきまわされることとなった。開催10年目、今までになかった不順な天候。地元紙は『オージー・ウェザーへようこそ』と見出しをつけた。

 天気は4日金曜までは何とか保ってくれた。一つのエンジンで二つのGPを走らねばならない新規定のため、各チームとも周回数をセーブ。それでもチームは手早くニューマシンを調整し、ドライバーは1年前に走ったこのコースの感触をつかまねばならない。金曜のフリー走行はマクラーレン・メルセデスが3台目のマシンを走らせ(前年ランキング5位以下のチームのみ可)、サード・ドライバーのP・デ・ラ・ロサの情報収集を活かして一歩リード。昨年の初日フリー走行ベストタイムに0・658秒と迫り、K・ライコネンも続いた。鮮やかな1-2。

 しかし、5日土曜未明から雨に。朝、ヤラ川沿いのリバーサイドホテルの部屋から見る空は暗かった。どうも雲の流れが急だ。風も強まる。これは通り雨が次々にやってくるサインではないのか。日本を出た日に着てきたコートを持ち、サーキットへ。

 1台ずつの1周タイムアタック方式の予選は― '03年からの規則。出走順は決まっており、待ったなし。つまり自分の出番のときに雨に変わっても(その逆の天候変化でも)文句は言えない。1時から予選1回目スタート。コース上はウェットで進んでいったが次第に乾き出し、12番目のG・フィジケラがドライタイヤを選択、1分33秒171でその時点のトップへ。すると直後の1時35分すぎに雨と風が吹きつけてきた。一瞬にして再び完全ウェット路面。14番目M・シューマッハーは2分を切るのがやっと。15番目佐藤琢磨はコースインラップで水に乗ってクラッシュ。また初日ペースメーカーに立ったマクラーレン勢もこの雨に阻まれ、10位以下に落ちていった。

 暫定ポールポジションのフィジケラから18位M・シューマッハーまでは24秒もの大差。新予選方式は日曜朝の2回目タイムとの合計タイムでグリッドを決める。だからどうやってもこのハンディは取り戻せない計算になる。

 ルノーに移籍してきたフィジケラは10年目のベテラン。周りのこともよく見えるし、自分のこともよくわかっている。スタート後、彼は落ち着いてまっすぐ1コーナーへ加速していった。マクラーレン勢やM・シューマッハーは後方スタートだから焦る必要はない。2位J・トゥルーリ以下を無理やりぶっちぎる必要もない。なるべくマシンをいたわっていこう、と考えての“独走ペース”だった。必死に追ってきたR・バリチェロが2位(M・シューマッハーは接触リタイヤ)、彼よりもっと激しく走ったF・アロンソが3位。最速ラップはチームメイトが奪い、ルノーチームは23年ぶりに開幕戦勝利を飾ったのだった。

 遅くなるF1。

 それが、今季の大きなトレンドだといえる。

 昨年秋、2005年のレギュレーションが発表された段階で、チームもドライバーも我々も、大幅な「ラップタイム・ダウン」を予想した。1周で3秒、いやもっと、4秒も落ち込むのではないか、と。

 ダウンフォースが約30%減らされることで空力性能が落ちて2秒、1基2GP使用義務が課せられ、エンジン寿命をより長くしなければならないから、必然的に出力が低下して1秒。予選と決勝を同一タイヤ・無交換で走らねばならず、タイヤそのものが硬くなってグリップ力が低くなりさらにもう1秒。このように引き算すると、F1のラップタイムとしてはほぼ3~4年前のレベル、21世紀の始まりの頃に戻るのではないか、と推定された。

 2001年。F1の世界に何が起きたか、覚えているだろうか。その前年まで、F1では日本のブリヂストンが全チームに共通タイヤを供給していた。つまり勝つのもBS、最下位もBS。タイヤについてはコンペティションがなかった。そこに― '01年、ミシュランが参戦し、2大タイヤメーカーが初めてF1の世界で対決することになった。開幕前から両社はハイグリップタイヤの開発に没頭し、初戦オーストラリアGPのポールポジションタイムは前年度よりも何と3・664秒もの短縮となった。誰が見てもハッキリと速さの違いがわかる。直線は変わりないのに、コーナー通過速度が時速10㎞単位で速くなると、「なんだこれは?」という驚きとなった。

 F1世界選手権はドライバーの戦いであり、マシンの争いであり、テクノロジーの競い合いである。エンジンメーカーが1馬力でも多くパワーを絞り出すのと同じで、タイヤメーカーも全技術を注いでタイヤの性能向上を目指す。ありていに言って、今のF1ではエンジン・パワーをしゃにむに上げるよりも、タイヤのグリップ向上によるタイムアップ寄与率の方が大きい場合が多い。タイヤ如何で1秒以上もたちまち速くなる。その現実を知らしめたのが― '01年日仏タイヤ戦争だった。

 さかのぼること十数年以上前、'80年代終わりまでは、エンジン・パワー戦争がそのピークに達していた。小さな1500㏄エンジンにターボチャージャーを装備することで、1㏄1馬力、つまり最高1500馬力を実現させた。人間が操って競うモータースポーツにおいて、これほどのパワーをドライバーが与えられたことはなかった。

 そのとめどない戦争に歯止めをかけるべく、FIA(国際自動車連盟)はテクニカル・レギュレーション(技術規則)改定のほこ先をエンジンに向け続けた。しかしいくらエンジンへの縛りをきつくしてターボ禁止措置をとっても、ラップタイムは毎年1秒ペースで短縮されていく。空力ダウンフォースとタイヤのグリップ力によって、マシンを地面に貼り付けて速度を稼いでいくさまは、“クルマ”というより地上の“ヒコーキ”そのもの。

 となれば、車体に手をつけるしかない。今年の改定ではダウンフォースを減らすべく前後の“ツバサ(ウイング)”の位置と寸法が変えられた。そしてタイヤ。チーム、メーカーの競争に釘を刺せないのならばと「1GP4セット制限(ドライタイヤ)」が導入され、予選と決勝を同一タイヤで、しかもレース途中にタイヤを交換してはならない、という規制を加えたのである。ここまでしばりをきつくすれば、長距離走行のためタイヤは硬くなるはずだ、グリップは落ちるに違いない― ――。

 昨年11月23日、オフのテスト走行が解禁された。トップチームは― '04年型マシンと、それを― '05年新規定研究用に合わせて改造した“暫定型マシン”を同時に走らせ情報収集を続けた。この時点でラップタイムは確かに落ち込んだ。ドライバーたちも「コントロールしにくい」とエンジニアにこぼしていた。FIAの読みは、当たったかに見えた。

 '05年1月8日、先陣を切ってトヨタTF105が発表される。13日にザウバー、16日にB・A・Rホンダ。スペイン各地での合同テストにはニューマシンが加わり、暫定型マシンと共にタイムを上げていく。両タイヤメーカーも― '05年スペックの試作・研究・開発を段階を踏んで進め、2月中頃にはニューマシンとニュータイヤの最終確認テストが始まった。

 2月11日、ヘレス。1位J・バトン(B・A・Rホンダ)1分15秒680。これは― '04年9月30日、M・シューマッハー(フェラーリ)が出したベストタイム1分15秒629に0・051秒と迫るタイムだった。

 結局、歴史は繰り返されるのだ。F1は、遅くはならない。

 いずれにしても、ほんの「19分の1」を見ただけですべては予見できない。だがアルバートパークの24周目に最速1分25秒683をラップしたアロンソは、1年前のM・シューマッハーの1分24秒125に1・558秒差まで迫った。逆説的な表現をするなら、もしFIAが数々の新レギュレーションを導入しなかったら、凄まじいタイムアップになったに違いない、ということになる。

 ルノー2台はまったくもって速かった。ベストラップで続くのはフェラーリ、マクラーレン・メルセデス、B・A・Rホンダ。3車の最速ラップ・データを挙げておこう。バリチェロ(フェラーリ)1分26秒233、ライコネン(マクラーレン)1分26秒255、J・バトン(B・A・R)1分26秒260。それぞれのタイム差は0・022秒と0・005秒でしかない。さらにリタイアしたM・シューマッハーは1分26秒261でバトンと0・001秒差。レース結果、ゲーム展開ではいいところのなかったB・A・Rも終盤でトップグループに並ぶスピードを見せた。だがこの走りを序盤から活かしきれなかったところに課題が残った。

 一方、トヨタもチームベストの予選2位をJ・トゥルーリが獲得したことは評価できる。ここ一発の“予選男”の面目躍如たるフロント・ローだったが、レースペースに関しては15周目以降にかなりのドロップオフが見られた。リアタイヤから振動が発生して苦戦を強いられた、とはトゥルーリの言。一方R・シューマッハーはウイリアムズのM・ウェバーと0・043秒差の自己ベストを記録しているから、セットアップの違いによるのかもしれない。ともあれ、これは緊急対策が必要だ。

 一つやってみてはっきりしたこと。それは、非常にコンペティティブな2005年だ、ということ。それぞれのチーム戦力はハイレベルで拮抗している。ドライバーも然り。フルシーズン3年目、タクマ・サトウには接戦のなかでの“新”進化を望みたい。「19分の18」、すべてはこれからなのだ。

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