SCORE CARDBACK NUMBER

ノア新時代のエース杉浦貴、
10年目の結実。
~潮崎を破り新GHC王者に!~ 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

PROFILE

photograph byNIKKAN SPORTS

posted2010/01/04 06:00

「やめてやろうって、腐ったこともあった」時期を乗り越え初戴冠。歓喜の余韻に浸る39歳

「やめてやろうって、腐ったこともあった」時期を乗り越え初戴冠。歓喜の余韻に浸る39歳

 創立者・三沢光晴社長の急逝で元気をなくしたプロレスリング・ノア。'09年の最終戦で、その沈滞ムードを少なからず取っ払ってくれたのが、下ネタ連発の凄い奴、杉浦貴だった。

 12月6日の日本武道館、杉浦が王者・潮崎豪に挑んだGHCヘビー級選手権。

「オイ、おたふく風邪は治ったのか!!」

 10月のメキシコ遠征後、おたふく風邪にかかって数試合休んだ王者を皮肉る杉浦の攻撃は、パワフルだった。潮崎の垂直落下式変形リバースDDTをしのぎ、コーナーマットに打ちつけるジャーマン・スープレックス。猛烈な張り手のラッシュから、最後は雪崩式のオリンピック予選スラムを決めて24分39秒の勝利だった。

GHCベルトを胸に抱き、流した涙に込められた万感の思い。

 杉浦はグレコローマン・レスリングの'95年全日本王者。'00年春、29歳の妻子持ちながら、故・三沢さんから「自衛隊(杉浦の当時の勤務先)と同じ待遇を保証するからウチに来るか」と声がかかり、全日本に入団。その年の6月、練習生の身分のままノアに移籍というドラマチックな経歴を持つ。

「これを目指してやってきたのが正直な気持ちです。オリンピックの夢が破れ、またひと花咲かせたいと思ってプロレスラーに……」

 王座獲得後、リングで見せた杉浦の涙には、プロ転向10年目に結実した万感の思いが込められていた。

生え抜き同士のタイトルマッチはノア新時代幕開けの証だ。

 敗れた潮崎は、三沢さん最後のタッグ・パートナー。ヘビー級の未来を託された男だ。6・14の王座決定戦で力皇猛を下し、初戴冠。ノア育ちの王者第1号となった。12・6武道館決戦は、純血同士のタイトルマッチだったことに意義がある。

 杉浦を讃える歓喜の輪の中に、右ヒザ前十字靭帯断裂から復帰した丸藤正道副社長がいた。「KENTAも怪我して残念だけど、マイナス思考には考えたくない。これからは、若い選手が結束してノアを引っ張っていく!」との声には張りがあった。小橋、秋山ら団体設立の柱となった歴代王者の時代は終わったことを印象付けた一夜だった。

 '10年8月、旗揚げ10周年を迎えるノア。新時代のエース杉浦は、プロレス大賞殊勲賞受賞の勢いに乗って、1・4新日本の東京ドームに乗り込む。荒武者、後藤洋央紀相手の初防衛戦だ。下ネタを封印したGHC新王者の'10年初暴れは怖い。

■関連コラム► 2009年最大のスポーツ・ニュースは? (言わせろ!ナンバー 結果レポート)
► プロレスリング・ノア 三沢なき方舟。~三沢光晴追悼大会レポート~
► 田上新体制で漕ぎ出したノア、前途多難の大海。

ページトップ