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思い出すのは、埼玉での醜態。ジーコでいいの?本当に。 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byMichi Ishijima

posted2004/12/16 00:00

思い出すのは、埼玉での醜態。ジーコでいいの?本当に。<Number Web> photograph by Michi Ishijima

 怒りは収まるどころか、日一日と増殖している。僕が日本を発ったのは、シンガポール戦の翌日。以来、バルサ対R・マドリー戦を皮切りに、欧州でフットボールを見まくっているのだが、観戦を重ねるたびに思いだしてしまう。出発前夜、埼玉でジーコジャパンがさらした醜態を。

 違いは嫌でも浮き彫りになる。代表監督は外国人だが、といってサッカーも外国的というわけではない。ジーコのそれは、フットボールとはおよそ別物。蹴球だ。ジーコ様、お願いだから潔く身を引いて下さいと念じたくなるし、それでは格好悪すぎると忠告したくなる。

 「チャンスは多く作れたので、心配はしていない」と、ジーコは言う。が、チャンスの数はホントに多かったのか。決定的なシュート機会があったと言うつもりなのか。何となく、ボールを繋いでいることをチャンスというのか。苦し紛れに放った確率の低いシュートを、惜しい!と感激できるのか。内容的には、3点止まりが関の山と考えるのが常識だ。選手個々の実力差は、どう見ても6―0以上はあるというのに、である。騙されやすい表現に、丸め込まれてはいけない。

 結果は残している。この表現にも気をつけた方がいい。そもそも日本は、誰に勝つことを目論み、W杯予選に参戦しているのか。アジアを勝ち抜くこと、W杯に出場することが目標だった加茂ジャパンの時代なら、それは適切なのかもしれないが、8年後のいまでは、一安心のレベルに過ぎない。W杯本大会で3連敗したら、誰もがぶーぶー文句を言う時代だ。目標があやふやな点は大問題である。当初、協会関係者からは「ベスト8、ベスト4」なんていう景気のいい話も聞かれたが、その手の発言は最近、まるでない。アジアに勝って大喜び。これではただ騒いでいる暢気な集団にしか見えない。

 結果至上主義の弊害でもある。合否の基準は、目の前の試合に勝つか負けるか。内容で議論しようとする習慣がない点は問題だ。だから内容の話になると、それについて善し悪しを論じる基準がないので、途端に沈黙する。

 こちらにいると、そんな日本のファンが、とてもお人好しに見える。愛がない。期待が低すぎるようにさえ見える。そうではないと言いたいのなら、やはりここでは、もっと怒るべきだ。いまのままでは絶対にまずい。

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