飛車を持つ指先を固く握る。
菅井竜也は右拳を見つめている。
クリスマスが近付く岡山の街。いつもは腕白な少年のように笑う男は、もう戦いの中にいた。
錆び付いた有刺鉄線、工事現場の金網、高架下の匂い。冬の片隅にある暗所は戦い始める者によく似合っていた。
王将戦七番勝負で藤井聡太との決闘に臨む盤上の闘士は言った。
「今の格闘家は筋肉ごとに筋力数値を計りながら鍛えますけど、ヒョードルは山に籠もって薪割りをして鍛えた。自分も、信じて薪割りをする側でありたい」
今世紀初頭のリングで「60億分の1」に到達した皇帝のように、菅井は絶頂期を生きている。
――昨年の叡王戦以来の藤井さんとのタイトル戦になります。前回は1勝3敗という結果でしたが、第2局に完勝し、決着局は2度の千日手指し直しに突入する死闘でした。
「久しぶりのタイトル戦で緊張しすぎて、1局目で下血しましたから。対局が終わると同時に治ったんですけど。1勝3敗という結果は完敗でしたけど、手応えとしては悲観するものではなく、自分の振り飛車が十分に勝負できる感覚はありました。ただ、長い期間が空いてしまうと経験を生かしにくくなるので、なるべく時間を空けずにチャンスをつくらないといけないと思っていました。挑戦できるのは楽しみですね」
――叡王戦は1日制で持ち時間4時間でしたが、王将戦は2日制で8時間。舞台設定は大きく変わります。
「振り飛車で藤井さんに勝つには時間が長い方がいい。叡王戦では、もっと突っ込んで考えたい局面でも省いて指さなきゃいけない部分もありました。それでも十分に勝負できる手応えがあったので、2日制ならば、という思いはあります」
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