義足を履けば身長は180cmを超える。その隆々とした背筋と上腕も相まって、体躯はそれ以上に大きく見え、威圧感さえ覚えてしまう。パラリンピックでは、漫画『SLAM DUNK』の登場人物になぞらえて、車いすバスケ界の“流川楓”と評されたが、その爽やかなイメージは裏切られた。髪を短く切り、金色に染め上げた姿は誰が見ても悪役上等の“桜木花道”だろう。
思わず世間のイメージとの齟齬について尋ねると、「リアルな僕と世間的な鳥海は、全然ミスマッチですから」と不敵に笑った。
「足がないからっていう考えも別になかったし、自分にあるものがすべてなわけだから、それで制限を作るっていうことは子どもの頃にはなかったと思うんで」
1歳を待たずに通い始めた長崎市の保育園「菜の花こども園」で、鳥海は“普通の子ども”として育てられた。
先の言葉は、運動会の障害物競走でそそり立つ壁を登り、飛び降りたエピソードを振り返った際のもの。当時担任だった副島慎也によれば、その壁は跳び箱のように高さが変えられたが、鳥海は2.5m近い最も高い壁を望んだという。3歳の時に切断した両下肢にはバレーボール用の膝当てをつけてはいたが、飛び降りれば大怪我をするかもしれない。だが両親と保育園は、鳥海の「やりたい」という気持ちを可能な限り尊重する方針で一致していた。副島は言う。
「周りの子たちも兄弟みたいで、互いに助け合うのが当たり前。連志は自分でなんでもできましたから。助けが必要なのは、長い距離の移動くらい。するすると僕の背中に登って、目的地についたらさっさと降りて遊んでましたよ(笑)」
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