無敗の三冠という大偉業が懸かった菊花賞の大一番を迎えたときでさえ、「このプレッシャーは自分たちしか味わえないもの。長い間、望んでもかなわなかった現在の状況を、厩舎スタッフとともに楽しませてもらっています」と、悠然と構えていたのが矢作芳人調教師だった。しかしこの秋を迎える表情は、あのときとはだいぶ違っているように見える。
オーナーサイドから、「年内で引退。来シーズンから社台スタリオンステーションで種牡馬に」との発表があったことで、矢作師の意識が重い方向に変わったのは当然のことだろう。
「ファンの皆さんの馬となり、生産界の大きな期待も背負う存在となったのがいまのコントレイルです」。そのズッシリと重い責任を理解すればするほど、秋初戦に定めた天皇賞について、「負けてはいけない戦い」とする指揮官の潔い言葉が胸に響いて聞こえてくる。クラシックと同等かそれ以上の位置付けで、現役最後の秋の始動戦に臨むつもりなのだ。
昨秋、三冠達成後の初戦に選択したジャパンカップで、引退戦を宣言して出てきたアーモンドアイに完敗を喫してしまったコントレイル。初めての負けは、ただの1敗ではなかった。史上最強牝馬とも言われる女傑との最初で最後の対決に敗れたことで、芝のGIを9勝という史上最多の大記録を献上してしまったのが痛恨。福永祐一騎手が、「あの戦いでコントレイルがGI5勝目と伸ばしていれば、アーモンドアイはGI8勝で引退。来年はこっちがその最多記録を更新してやるつもりだったのになあ」と、悔しさを露わにした。8対5のスコアから追撃するつもりが、9対4で突き放される形になったのはとてつもなく大きかった。
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