彼に死角などないはずだった。ところが団体予選では思いもよらぬミス。
強気な台詞を発し続けた男は意外な言葉を口にする。魔物――。
この言葉はいつ王者の内面に現われ、どのように打ち倒したのか。
日本中をわかせた金メダリストが、内なる敵と戦った“夏”を振り返る。
「襲ってくる魔物を倒したい。その気持ちだけでやっていた」
体操史上初の世界選手権個人総合3連覇という実績をひっさげ、強気な言葉と他の追随を許さない美しい演技を武器に、心身とも死角のない状態でロンドン五輪に臨んだ内村航平。その強さは、ライバルたちが戦わずして金メダル争いを諦め、「内村以外の選手で銀メダルを争う」と言われるほどだった。
けれども、それほど突出した存在である彼でさえ、五輪では苦境に直面した。団体予選では思いもよらぬミスを連発。団体決勝ではどうにか銀メダルを死守したものの、最後のあん馬の降り技で失敗した。
負の連鎖を振り切って個人総合金メダルを獲得し、種目別ゆかの銀メダルで大会を締めくくるまでの間、王者をあれほど苦しめたものとはいったい何だったのか。
彼の口から出てきたのは「魔物」という意外な言葉だった。
団体予選の鉄棒とあん馬で初めて味わった、“落とされた”感覚。
――ご自身の中で「魔物」という言葉が初めて浮かんできたのはどのタイミングだったのですか。
「大会の一番最初、7月28日にあった団体予選が終わって、選手村に戻ってからです」
――団体予選の鉄棒では、演技構成の最後に入っているコールマンで落下。あん馬でも落下。両方とも普段の内村選手なら落ちるような場面ではありませんでした。
「最初の種目だった鉄棒で落ちてからずっと、なぜ落ちたのかを考えていました。考えながらあん馬をやっていると、あん馬でも落ちてしまいました。鉄棒のコールマンは練習でも何回か落ちたことがありますが、あのときは初めて、落ちたというより“落とされた”ような感覚。飛び出した時に、左肩を後ろから引っ張られたような感覚があったんですよ。
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