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「うちでセッターしないか」鹿児島の中学生が持っていた“もう一つの才能”…男子バレー遅咲き代表ルーキー河東祐大が“1カ月前の招集”でも適応できた理由
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田中夕子Yuko Tanaka
photograph byNaoki Nishimura/AFLO SPORT
posted2026/10/05 11:02
アジア選手権の1カ月前からA代表に合流した河東祐大(28歳)。アジア大会まで激動の2カ月を過ごした
河東がセッターに転向した高校時代だ。
中学3年までアタッカーとして鹿児島県選抜にも選ばれる選手だった河東に、「うちでセッターをしないか」と声をかけたのは当時、鹿児島商高を率いた田代博明だ。
技術は備えているものの、当時の身長は170センチ弱。アタッカーとしての将来を考えると厳しい。そう考えた田代は、河東の柔らかなハンドリングに目をつけた。そして、さらに重要な要素がもう一つあった。
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「アタッカーの気持ちがわかるセッターを育てたかった。技術だけならば小さい頃からセッターだった子が勝るかもしれないですけど、アタッカーがどうしたいか、どこで打ちたいか、それがわかるセッターを育てたいと考えたときに当てはまったのが河東でした」
田代は、河東が入学する前に同県の川内商工高に異動したため、実は高校3年間を直接指導してきたわけではない。あくまで「きっかけをつくっただけ」と言うが、「丁寧に上げる技術と、真ん中を使う勇気を育んでほしい」と後を受け継ぐコーチに託し、セッターとして成長する環境を残した。
そこから着々とキャリアを重ねていけたのは、「河東の真面目さがあったからできたこと」と田代は謙遜するが、河東が披露した攻めのトスワークに当時のひらめきが重なり心が躍った。
「世界のあの舞台でも堂々とミドルを使う。いいセッターになったな、と思うと嬉しいんですよ」
西川馨太郎へのトリッキーなトス
若手主体で挑んだアジア競技大会では、河東がメインセッターとしてすべての試合にスタメン出場した。7日で6試合をこなす日程は「データを頭に入れるのも大変だった」と漏らすほどのハードスケジュールだったが、真面目で丁寧で、時に大胆に、アタッカーの思いを汲んだ、河東らしさが随所で発揮された。
予選リーグのパキスタン戦では、サーブとパワフルな強打で攻めてくる相手に対し、サイドだけではなく、ラリー中からもミドルを使う。ラリーの最中にも身体はライト側に向けたまま、近い位置にいたオポジットの西山大翔ではなく、真後ろにいたミドルブロッカー西川馨太郎の速攻を躊躇なく選んだ。ノーマークで得点が決まったこのシーンは、一見すればトリッキーな攻撃にも見えるが、西川のコールを受けた河東には確信があった。
「彼はこういうシチュエーションでの攻撃が好きだし、得意とする選手。ちょっとバタバタしていたところだったので、ここで決めれば西川も乗るし、チームも乗ると思って迷わず上げました」
西川も「河東さんの構想を絶対に崩さないように意識していた」と明かす。

