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“霊長類ヒト科最強の男”マーク・ケアーとは何者だったのか?「薬物乱用で心臓が停止」「筋肉がしぼんで…10秒で失神」日本最後の試合で“まさかの悲劇”

posted2026/07/10 17:00

 
“霊長類ヒト科最強の男”マーク・ケアーとは何者だったのか?「薬物乱用で心臓が停止」「筋肉がしぼんで…10秒で失神」日本最後の試合で“まさかの悲劇”<Number Web> photograph by Susumu Nagao

圧倒的なパワーでデビューから連勝を重ねたマーク・ケアー。日本では「霊長類ヒト科最強の男」という異名が定着した

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Susumu Nagao

かつて「霊長類ヒト科最強の男」と呼ばれた格闘家がいた。上腕二頭筋、大胸筋、そして僧帽筋が異常に発達した鎧のような肉体を持ち、UFCとPRIDEで活躍したマーク・ケアーである。UFCデビューからケアーを撮影してきたフォトグラファーの長尾迪氏が、その壮絶なキャリアを振り返った記事のハイライト版をお届けする。

ステロイド使用だけではない“ある噂”

 4歳からレスリングを始めたマーク・ケアーは、高校時代にオハイオ州の王者となり、大学では全米選手権を制したアマチュアエリートだった。五輪出場を目指したが代表入りは叶わず、盟友マーク・コールマンの活躍に刺激を受けて総合格闘技へ転向した。

 1997年にプロデビューすると、無敗のままUFCのヘビー級トーナメントで連続優勝を果たす。当時UFCのオフィシャルカメラマンを務めていた長尾氏も「彼に勝てる人間は、ヒクソン・グレイシーくらいしか思い浮かばなかった」と振り返る。

 PRIDE参戦後も連勝は続いたが、その頃すでに、ケアーがアナボリックステロイドを使用していることは公然の秘密となっていた。さらに深刻だったのは、麻薬性の強力な鎮痛剤、オピオイドを常用しているという噂だった。

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 1999年9月、「北の最終兵器」イゴール・ボブチャンチンとの一戦。長尾氏は試合直前のケアーを見て、ただならぬ違和感を覚えた。「身体に張りがなく、敵を威圧するオーラが感じられない」。予感は的中し、スタミナ切れを起こしたケアーはボブチャンチンの膝蹴りで失神。4点ポジションからの膝蹴り(反則)のため結果は無効試合となったものの、「世界最強」のイメージはこの試合で崩れ去った。

 その後、試合から2カ月後にケアーの再起戦が組まれるも、突如として欠場。表向きは「内臓疾患」と発表されたが、実際には薬物の過剰摂取により心臓が停止し、緊急入院で一命を取りとめるほどの重症だったという。

 リハビリを経てカムバックを果たしたケアーだったが、2000年のPRIDE無差別級グランプリでは2回戦で藤田和之に完敗を喫した。そして2001年を最後に試合から遠ざかり、約3年ぶりの参戦となった2004年の『PRIDE.27』。長尾氏はリングに上がったケアーをファインダー越しに見て、思わずカメラを置いた。

「彼の身体はしぼみ、お腹の周りは弛んでいた」

 試合は開始直後のタックルでテイクダウンを奪ったものの、グラウンドへ移行した際に自分の頭をリングに強打し、わずか10秒で失神。以降、日本のリングに上がることはなかった。

 最強と称された男が抱え続けた「弱さ」とは何だったのか? ケアーがたどった壮絶な半生、そして名誉回復に至るまでの道のりは、本編でさらに詳しく描かれている。

<続く>

 ◆

 この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

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