ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
「ふ、ふざけるな!」ネリの“裏切り”に温厚な山中慎介が腰を浮かし…井上尚弥と東京ドーム決戦「なぜ悪童ネリはここまで嫌われたのか?」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2024/03/14 11:04
5月6日に東京ドームで対戦する井上尚弥とルイス・ネリ。記者会見では山中慎介さんとネリの“再会”にも注目が集まった
「ふ、ふざけるな!」山中慎介、無念の雄叫び
ところが試合から1週間後、この一戦は予想もしなかった形で新たな局面を迎える。新王者となったネリが山中戦の前に行ったドーピング検査で、筋肉増強作用のある禁止薬物、ジルパテロールが検出されたと発覚したのだ。
これに日本のファンは激怒した。あの具志堅の記録に並ぼうかという歴史的な一戦が、薬物の力を借りてベルトを奪うという卑劣な行為によって汚されてしまった。無効試合になるという見方もあったが、この件を調査したWBCは、ネリが過去にドーピング違反歴がないこと、来日後の3度の検査はいずれも陰性だったことなどを理由に、陽性反応の原因は汚染牛肉の摂取によるものと結論づけた。つまり「クロとは言えない」という灰色決着。これによりネリの王座はく奪はなく、資格停止処分も下されなかった。
WBCは同時にネリと山中にリマッチの交渉に入るよう命じた。モヤモヤした気持ちを抱えるファンは少なからずいたが、山中本人はリベンジに気持ちを集中した。そして闘志を燃やした。山中は当時、記者会見で次のように語っている。
ADVERTISEMENT
「現役続行を表明してからネリに借りを返したい気持ちだけで練習をしてきました。厳しい戦いになると思いますが、必ず勝ちたい」
山中にしても、ドーピング違反疑惑に関して思うところがないわけではない。ただ、誇り高きチャンピオンとして負けた言い訳にしたくなかったし、何より「このままでは終われない」という気持ちが上回った。山中よ、その拳で第1戦の無念を晴らしてくれ――神の左を愛したファンの気持ちも、雪辱へとシフトしたのである。
再戦は2018年3月1日、両国国技館にセットされた。ところが、運命のリマッチは試合前日に予想もしなかった悲劇に襲われる。ネリ、計量失格。いまは閉館となったホテルグランドパレスでの光景が鮮明によみがえる。
「ふ、ふざけるな!」
先に秤に乗ったネリが「2.3キロ、オーバー」を告げられると、温厚な山中が腰を浮かし、腹の底から突き上げるような雄叫びを上げた。続いて秤に乗り、リミットの53.5キロをクリアした山中の表情からは、怒りを通り越し、深い悲しみが伝わってきた。