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中学バスケ恩師が明かす八村塁“少年”が抱えた葛藤「アイツは一生懸命が恥ずかしかったんだから」 

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青木美帆

青木美帆Miho Awokie

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posted2020/11/20 17:04

中学バスケ恩師が明かす八村塁“少年”が抱えた葛藤「アイツは一生懸命が恥ずかしかったんだから」<Number Web> photograph by AFLO

富山市立奥田中学校の3年時に全中に出場し準優勝。決勝ではチーム最多の20得点をあげた

陸上でも、野球でも「厄介なことになる」

 坂本さんは以前、八村が通っていた小学校の教員から、こんな話を聞いた。5年生のころ、八村は陸上100メートルで県優勝を果たした。しかし後日、八村は彼をひと目見ようと集まった大勢の生徒たちの目に耐えられず、癇癪を起こしたのだという。

 ピッチャーとして活躍していた少年野球でも、また別の問題が起きた。豪腕ピッチャーとしてならしていた八村は、小学6年生に上がるタイミングでキャッチャーに転向した。キャッチャーをつとめてくれていた上級生が卒業し、誰も八村の本気の球を捕れなくなったからだ。

 坂本さんは続ける。

「そういうことがあったからか、中学であの子、がんばれなかったのよ。体育とか運動会とか、本当ならぶっちぎれるんだけど、すーっと流しているだけ。自分が『1番になりたい』と思って本気でやったら、厄介なことになるって思ってたんじゃないかな」

 自分が一生懸命やったら嫌なことが起こる――可能性に満ちあふれた10代の少年にとってあまりに残酷なこの“呪い”を、坂本さんとバスケットボールをする日々が少しずつ解いていった。

「君はそれでいい。いつか止まれる」

 Number 1015号で紹介した「ボール起こし」のエピソードもその1つ。大きなバスケットボールを片手でひょいとつかんだ八村に坂本さんは驚きつつ、「みんなは手でボールをつかめないから、技術でボールを持ち上げている。君はつかめるんだから、そっちでもいいよ」と言った。

 あまりにドリブルが強くてボールをコントロールできない様子を見て、「ドリブルは強いほうがいいんだ。そのうちできるようになるから大丈夫」と諭し、ダッシュからの急ストップに苦戦すれば「みんなは止まることを意識して走ってるんだ。君はそれでいい。いつか止まれる」と励ました。

 坂本さんは、八村が全力を出すための訓練や素地づくりにも尽力した。1年ごとに10センチという身長の伸びも影響してか、中学生の頃の八村は疲れやすく、貧血の傾向もあった。長くコートに立つために無意識に力をセーブしようとする八村を見て、坂本コーチは、第2クォーターの残り5分で必ず八村をベンチに下げ、ハーフタイムに十分な休養をとらせた。

 栄養面での改善をはかるために、八村の母にもアドバイスを送った。

 全力で走れば好奇の目にさらされ、全力で投げれば競技にすらならなかった。

 そんな八村にとって、自分が持っている才能を認め、それをセーブしなくていいんだと繰り返し諭してくれた坂本さんの存在は、坂本さん自身が思う以上に大きなものだったのだろう。

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