詳説日本野球研究BACK NUMBER
新渡戸稲造が訴えた「野球害悪論」。
現代の野球と、敵を欺くプレーの是非。
text by
小関順二Junji Koseki
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2011/07/16 08:00
パ・リーグで最も盗塁を警戒されている楽天の聖澤諒。バッテリーとの駆け引きも野球の妙味だ
けん制しないのになぜベースカバーに?
話は一気に2011(平成23)年6月15日に飛ぶ。私はCS放送「スカイ・A sports+」が中継する阪神対ソフトバンク戦(ウエスタンリーグ)のゲストとして鳴尾浜球場にいた。解説者は元近鉄などで強打の遊撃手として知られた村上隆行氏である。
この試合、無死二塁の場面がゲーム中盤にあった。1点を争うシーソーゲームだったので、二軍戦と言っても打者にはバントのサインが出ておかしくない場面だ。このとき、二塁走者をけん制するため遊撃手が二塁ベースに入った。けん制球だな、と思った次の瞬間、投手はボディターンをせず打者に向かって投げたので驚いた。
私がアナウンサーに「けん制球を投げませんでしたね」と非難気に言うと、村上氏は「あれはサインなんです」と言った。
どういうことかと言うと、遊撃手が二塁ベースに入れば、走者はけん制球がくると思って帰塁する。しかし、投手はけん制球を投げず打者に投げる。打者は面喰らいながら、バントのサインが出ている以上、バントをせざるを得ない。つまり二塁走者の三塁へのスタートが遅れ、さらに打者のバントが雑になる可能性がある。
このときは明らかなボールだったため打者はバントをしなかったが、村上氏は「投手はど真ん中に投げてバントをさせないといけません」と言う。偽装のベースカバーのためスタートが遅れた二塁走者を三塁で殺すためには、ど真ん中に投げてバントをさせないといけないと言うのである。新渡戸稲造が見たら、眉を吊り上げるようなサインプレーではないか。
高校野球でも当たり前のように見られる計略的なプレー。
このプレーを見て2、3年前の夏の甲子園大会を思い出した。
一緒に見ていたスポーツライターが「関西の名門校がやっている」と断った上で、こんな話をしてくれたのだ。
「走者一、二塁の場面で二塁手が大声を出して二塁ベースに入るんです。二塁走者は慌てて帰塁しますが、逆に一塁走者はけん制球が二塁に投げられると思ってのんびりしているでしょ。そのわずかなスキを突いて、投手は素早い動きで一塁にけん制球を投げるんです」
この作戦は結果的に成功せず、さらに塁審にこっぴどく注意されたらしいが(高校生らしくないからだろう)、野球の本質が「常にペテンに掛けよう、計略に陥れよう、塁を盗もうと眼を四方八面に配り、神経を鋭くしてやる遊び」だと思っている人間には怒る理由も怒られる理由もない。