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世界ラリー選手権第11戦WRC、十勝を駆ける。
text by
藤島大Dai Fujishima
posted2004/09/22 00:00
十勝の晩夏。
ひとときの陽光は大地にしがみつく。
真昼の汗。夜の冷たさ。安穏を妨げられた牛と鹿の災難。羊の肉の焦げる音に馬具商の看板。北海道東部、開拓者の魂の埋まる森を抜け、アイヌの誇りも流れる川に沿い、コース間移動の一般道では日本国交通法規を遵守しながら、惑星で最高のラリーは始まった。
第1レグ=競技初日。
気恥ずかしくなるような純白のカローラ、なぜか函館ナンバーのナンバー誌移動通信局は、それなりに国道をぶっ飛ばして、午後7時過ぎ、帯広市内の札内川河川敷に設けられたSS(競技区間)へ着いた。
早朝5時半、ワークスの精鋭8機をはじめとする総勢84台は、帯広・北愛国のサービスパークをスタート。ヤムワッカ(23・26㎞)、クンネイワ(21・ 56㎞)、ニウエオ(26・57㎞)の林道コース、陸別(2・80㎞)の林道/オフロード混成コースの各SSを午前と午後にいっぺんずつ走った。
初日最後の札内は、2台同時発進の特設コースだ。立ち見の観客席で帯広市民と興奮をともにしよう。
いくぶん時間はある。コースには何もない。なのに髪を茶に染めた男女は、うしろの人間の視界を遮らぬよう背をかがめて歩く。
サイレンが鳴った。ゼロカーと呼ばれるコース下見の先行車両が突っ走る。
「マキネン。すげっ。マキネン。すげっ」
あちこちでラリー好きはときめいた。
トミ・マキネンは、1996年から'99年までWRCに4連覇を遂げたフィンランドの英雄である。昨年限りで現役を退いたと思ったら、さっそく王様の腕を見込まれて、実務であり一種の様式美でもあるゼロカー操縦のために現場へ戻った。まさに颯爽たるハンドルさばき。かつての空飛ぶフィンランド人が、火山灰に少量のセメントのまざるコースを清めてみせる。
スタート。
斜め前の中年男のつぶやきに賛同を覚えた。
「こんなに音楽、流しちゃって。音、聞こえないじゃないか」
音、すなわちエンジンの音。場内のスピーカーから流れる威勢のよい旋律は、せっかく本物の桜が咲いているのに枝にくくりつけられたビニールの造花だ。
ラリーとは、つくづく音なのである。
札内のような特設コースを除けば、長時間にわたって走行を目にできる機会はまれだ。
カーブを曲がるや、鉄の物体は、森における新種の生物と化し、ただただ針葉樹に濁音はとどろく。空気を切って、また空気に乗っかって、東京ではうるさいばかりのエンジンの響きが、おかしなくらい愛しい。
「なんでスバル、あんな加速ないの」
同じ人物が言う。
しかし、そのスバルが幾つかのコーナーを経ると、ボディの青に弾丸の勢いをつけて戻ってくる。アテネのトラックで栄冠を争った人類と同じだ。スタートの優れた者、終盤に強い者、どっちでもない者。
ほとんど地球を配下におくほど巨大な産業のテクノロジーの粋を集め、なお一律の性能は拒まれた。モーターレースにおける「個性」とは、ドライバーの人格にとどまらず、ミクロの電子信号や超合金のはざまに流れる血の色を示している。
ましてラリーとは、砂利や水、風に熱、アスファルトと雪、すべてが敵であって味方でもある。どこに焦点を絞るか。究極を求めつつ、いっそう個性は磨かれなくてはならない。
観客席の興奮は、少々、ぎこちなかった。
ともかくラリーカーが遠いのだ。スタートとゴールは一般席の反対に位置する。向こう側には、うやうやしくワインの給仕を受ける偉い人たちの特等席がしつらえられた。
資本主義、民主主義を置き去りとする。これもモーターレースの側面ではある。
本日の一言。手を頭上に差し上げてはビデオ撮影に励む不特定多数ファンへ初老の男が異を唱えた。
「網膜に焼き付けなくっちゃ」
何かを深く愛した人間は哲学者となる。
スバル、六連星の飛び切りのスター、おどけるノルウェー人、ペター・ソルベルグの初日を首位で終えてのコメント。
「すべて、よし。すべて、うまく運んだ」
それを追う静かなるフランス人、シトロエンのセバスチャン・ローブは「どこにも異常なし。ラリーに浸れたよ」と話した。
(以下、Number611号へ)