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エメリヤーエンコ・ヒョードル「ミルコと私の違い」
text by
布施鋼治Koji Fuse
posted2005/07/21 00:00
「もう何回聞かれたかわかりませんね」
6月27日、ミルコ・クロコップとのタイトルマッチ調印式から、数時間後。世紀の一戦開催延期の理由となった右手人さし指骨折について水を向けると、エメリヤーエンコ・ヒョードルはフーッと深いため息をついた。
「正直、治療はいろいろ受けているけど、ケガの状態はあまりよくないですね。でも試合日程が決まった以上、8月28日には必ずミルコ選手と闘いますよ」
そもそも右手人さし指は昨年12月31日のアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ戦で初めて痛めてしまった箇所だ。それから騙し騙し使っていたら4月3日の高阪剛戦で骨折してしまった。高阪戦直後の会見では全治6週間という診断が発表されたが、予定よりも回復は遅れている。あるリングドクターは8月までに完全に治るかどうかと疑問を投げかける。
「ある一定期間安静にしていないと、治るケガも治らないですからね。しかしヒョードルのように殴ることを仕事にしている以上、そういうわけにもいかない。ちょっと練習で無理をすると、ケガの回復はおのずと長引く」
骨の強度がパウンドの強さについていけないという現実。ヒョードルにとって拳のケガは職業病というしかない。ミルコ戦に向けての調整のため、ヒョードルはロシアで特製のグローブを注文したという。
「そのグローブは私の拳をしっかり保護してくれるように作られています。8月まで問題なく練習することができるでしょう」
──ところで6月中旬、コマンドサンボの大会に出場し、3連勝を飾って優勝したというニュースを聞きました。なぜケガが治っていないのに試合に出たのですか?
「確かにケガをしていたので当初は出る予定ではありませんでした。でも右のパンチを使わないでどれだけ闘えるのかを試したかった。それに10月の世界選手権に出場する切符が欲しかったので結局出ることにしました。打撃を出したのは左手だけです。不安?― ないですよ。自分の感情はコントロールできるので右のパンチを使えなくても問題はなかった」
──昨日(6月26日)行われたレッドデビルで同門のイブラヒム・マゴメドフとミルコの試合結果(ミルコが左ミドルキックで1RKO勝ち)をどのように受け止めていますか?
「一番良かったのは実際にミルコ選手の試合を生で見たことでした。他の全ての試合と同じように自分の経験を高めるためにいい試合を見ることができたと思います。結果は想像通りですね。マゴメドフ選手は私のアドバイスを聞き入れてくれなかった。どんな種類かまではわからなかったけど、最後はキックで仕留められると思っていましたよ」
──ミルコ選手の蹴りをモノに喩えたら?
「実際にもらったわけではないので、よくわからないですね。実際マゴメドフ選手や(実弟の)アレキサンダーは倒されてしまったので強いんじゃないかと思いますけど」
──ただ、自分の仲間や兄弟が直接ミルコ選手と闘ったということで、何かとアドバイスを受けることはできますね。
「確かに自分が闘うに当たって、ふたりの試合は重要なデータになります」
──昨日は一度退場してからリング上に呼び戻されました。ああいう日本流のパフォーマンスは好きですか?
「フーッ(ため息)。ファンの前で挑戦を受けるという行為は必要だったと思います。ただひとりの選手としてはロシアにとどまって練習し続けた方がよかったと思う」
──リング外でいつも挑発するのはミルコ選手で、ヒョードル選手は受け手に回っています。損な役回りだと思いませんか?
「人によって考えは違う。向こうにとってはいいことでも私にとってそうだとは限りません。PRIDEのリングに上がって以来、そういうことは結構多いですね」
──ときどきミルコ選手の発言にカッとして「黙れ、この野郎!」と怒鳴りたくなることはないですか?
「(長い間、沈黙したあと)あまりそういう気持ちにはならないですね。ただ、ミルコ選手と同じような性格にはなりたくない」
──試合に対する対策は何か立てましたか?
「以前の闘いと同じようにベストを尽くすだけです。試合に対するモチベーションはいつもと一緒で高いですよ」
──ハイキックに対する対策は?
「すみません。具体的な作戦については秘密です。いま、ここで明かすことはできません。(他人事のように)いったい8月のタイトルマッチはどうなるんでしょう……」
──巷では「スタンドではミルコ、グラウンドではヒョードルが有利」という声が非常に多い。個人的には柔術の世界王者をトレーナーとして雇ったミルコ選手がいかに寝技を凌ぐかが勝負のポイントになってくると思う。
「(ニンマリと)どうでしょう」
──今回はリングと会見で2度も挑戦者と顔を合わせました。どんな印象を持ちました?
「闘う直前ではないので、仲はいいですよ」
──意外ですね。前回(『Number』627号)のインタビューではミルコ選手にいい印象を持っていないと言ってましたけど。ミルコ選手に対する評価が変わったのですか?
「そんなことを言いましたっけ?― 今日は隣に立っているだけだったから大丈夫。時間がなかったので、会話はなかったですけどね」
果たしてこれはヒョードルの本心なのか?
それはないだろう。コマンドサンボ大会への出場、特注グローブの製作、そして一切明かすことのないミルコ対策。ヒョードルは“鉄のカーテン”を引いているだけである。
最後に、8月の試合が終わったらミルコとは友人になれそうですか?― と突っ込むと、ヒョードルは降参とでも言いたげに両掌を天井に向け、再びフーッと深いため息をついた。
「難しい質問ですね」