「それで9回表、5対4でうちのチームが勝っていたんですけど、1アウトでアクーニャが出てきて内野安打で出塁したんです。次の打者のロイヤルズのマイケル・ガルシアがライト前のヒットを放ったんですけど、ラン・エンド・ヒットの形で一塁のアクーニャがスタートを切っていて、三塁ベースまわってホームまで帰って来たんですよ。クロスプレーにはなったんですけど、結局はセーフ。同点ですよ。サードコーチャーが止めているのにアクーニャは突っ込んでいったんです。思ったのは、僕だったらどうしていただろうなってことです。1点差で1アウト、ランナー一、三塁で、次は3番打者。無理をしてホームを狙う必要はないですよね」

こんなんじゃダメだ

　冷静にそう言ったかと思うと、乙坂は堰を切ったように続けるのだ。

「いやもう、僕がやってきた野球は、なんてちっちゃいんだろうって。アクーニャ、すげえなって。メジャーリーガーにとっては調整の意味もあるウィンターリーグで、怪我のリスクも恐れずスーパースターが感情むき出しでプレーしている。それまでの僕は自分だけのプレーに集中して、どこか殻にこもっているような感じだったんですけど、こんなんじゃダメだって思えたし、不思議と嬉しかったんですよ。感化されちゃって、俺もこうなりたいって」

アクーニャJr.と　写真は本人提供

　目を輝かせ、乙坂は語った。長い野球生活、いろいろな選手を見てきたが、アクーニャの存在は初めてともいえる衝撃の大きさだった。乙坂は大いに刺激を受け、より高いレベルで野球をやりたいと心底思った。この異国に自分がいることの意味、なすべきことを改めて気づかされた。

僕を放出して投手を補強したほうが…

　乙坂は、ベネズエラウィンターリーグで52試合に出場し、打率.327、64安打、15打点、17盗塁、OPS.811という成績を残し、2年連続で盗塁王に輝いた。チームは8チーム中3位となりプレーオフ進出を決めている。

2023年シーズンも打率を3割にのせ、盗塁王にもなった　写真は本人提供

　上々の成果を挙げ、チームに貢献できたかのように思えたが、野球の神様は、ここでも乙坂に試練を与えた。プレーオフに入ると、バットから快音が響かなくなった。“助っ人外国人”として務めを果たさなければならないプレッシャーから不振に陥り、眠れない日が続いた。諦めることなく、もがきにもがいたが、結局調子は戻らないままだった。

「球場に居づらい時間が続きましたね。スタメンを外れて、代走や守備固めに出される時もありました。そんな外国人選手はいないでしょ？　うちのチームはピッチャーがウィークポイントだったから、僕を出してそっちを補強した方がいいんじゃないかって考えてしまったり……」

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