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大谷翔平と別れたトラウト“ラジオで語った”本音「ネットでも話出ていたし…」エンゼルスへのトレード要求報道を「完全否定」の意味 

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水次祥子

水次祥子Shoko Mizutsugi

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posted2024/02/22 11:00

大谷翔平と別れたトラウト“ラジオで語った”本音「ネットでも話出ていたし…」エンゼルスへのトレード要求報道を「完全否定」の意味<Number Web> photograph by Getty Images

エンゼルス時代の1枚、オールスターで。マイク・トラウトと大谷翔平

「オオタニはいなくなってしまったんだな」

 そして報道陣に囲まれると、

「ドジャースに行くのではないかという予感がしていた。彼にとって良かった。残ってほしかったのは間違いなかったが、彼に見合う契約だったと思う」

 ラジオでのコメントと同じ言葉を繰り返し、それ以上は語らなかった(現地メディア『USAトゥデー』)。

 大谷が出ていく予感がしていたというのが本当なら、昨年のシーズン中に何度も引き止めると発言していたときの胸の内は、どんなものだったのだろうか。

「ショウヘイを引き止めるために最も重要なのは勝つこと。プレーオフ進出を目指して戦い、引き止めに全力を注ぐ」

 トラウトは、繰り返しそう言っていた。

「君を誇りに思うよ、ブラザー」

 チームも夏までは好調だった。7月最後の10試合は7勝3敗と好成績を残し、月の終わりには56勝51敗と貯金生活。球団もトレード期限前に次々と補強を行い、ポストシーズン進出を目指した。

 しかしケガ人の続出もあり、8月に入ると勢いが急失速。8月1日から泥沼の7連敗を喫し、8月を終える時点で64勝70敗。トレードで次々と獲得した選手を今度は次々とトレードで放出し、事実上の終戦はあっという間にやってきた。

 トラウト自身もケガに悩まされた。7月上旬にバットを振った衝撃で左手首を骨折して手術を受け、8月22日にいったん復帰したが左手首は万全ではなく、2日後に再び負傷者リストに入り残りのシーズンをすべて欠場した。この3年間は毎年ケガで離脱し、出場が120試合を超えたことは1度もない。一足早いシーズン終了が決まったトラウトは「フラストレーションしかない」と無念さを口にした。

 チームが失速して以降、大谷を引き止めたいと口にすることもなくなっていた。シーズンが終わり、11月中旬に大谷が史上初となる2度目の満票でア・リーグMVPに輝いたときには、自身のX(旧ツイッター)アカウントで大谷とハイタッチをしているシーズン中の写真とともに「とてつもないシーズン、おめでとう。まさにMVPだった。君を誇りに思うよ、ブラザー」と祝福を投稿したが、オフシーズン中、大谷についてコメントするのはそれが最後だった。“兄弟”とまで呼んだ大谷がチームを去ることが決まったのは、それから約1カ月後のことだった。

あのトラウトが…“これまでなかった”姿

 しかし新たなシーズンを迎えたトラウトは前を向き、トレード要求という憶測も完全に否定した。

【次ページ】 望むWS「オオタニ対トラウト」

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