松木安太郎35歳、無謀なオファーを受けた

　そして記念すべきプロの時代を迎え、このアクの強い集団を束ねることになるのが当時35歳の松木安太郎だった。

就任当時の松木監督　©Sports Graphic Number

「誰だって躊躇しますよ。10人に聞けば9人はやめた方がいいと言う。たぶんいろんな経験を積んだ後のオファーなら断っていたと思う。でも若かったから出来た」

　プロ元年だから絶対に歴史に名を刻みたい。2位では軌跡が残らない。選手たちには何度も訴えた。サンバのリズムに乗って軽快にショートパスを繋ぎ圧倒するのに結果は危うい。心躍る読売クラブから、隙を作らず確実に結果を手繰り寄せるヴェルディへの脱皮を図りたかった。

「今の日本代表がアジアで戦う構図と同じです。引いて守る相手には速い決着も必要になる。ポゼッションも出来れば、サイドからも崩しロングボールも駆使する。そんな理想を描いていました」

　それを具現化するために草創期のクラブを指揮したオランダ人のファン・バルコムをヘッドコーチとして招聘し、同国から格安で3選手を補強する。「あくまで主食は日本人、スパイスとなるのが外国人」の基調堅持が、松木の誇りでもあった。

代表との過密日程に、オランダ流

　しかし日本代表6人を擁すヴェルディにとって、Jリーグ初期の過密日程は逆風になった。やるべきことが山積みなのに、主力5人を日本代表のUAE遠征（10日間）に取られ、彼らが合流して1週間後にはもうJリーグ開幕を迎えた。松木が「良いサッカーを南米型とか欧州型に分けるなんてナンセンス」と主張しても、選手側は戸惑いを通り越して拒絶反応を起こしていた。

「マイヤーとハンセンがスタメンに入り、今までの流れと全然違う縦蹴りのサッカーに変わってしまった」（武田）

マイヤーとハンセン　©Sports Graphic Number

「どうしてここでオランダ流？　と疑問があり、開幕戦から居場所を探すのが大変でした。FWを3人置いたのでカズさんは下がって来る。でもそうするとラモスさんの居場所がなくなる。本当はもっと自分をアピールしたかったけれど、前期は調整役しかできなかった」（北澤）

　横浜マリノスに逆転負けした開幕戦から、リーグは延長VゴールとPK戦の付録をつけて週2試合のペースで駆けていく。チケットは軒並みプラチナ化し、大観衆に背中を押される選手たちのテンションは高まり運動量も上がる。「ヘロヘロで家に戻れば必ずマッサージ」（武田）と選手の疲労が蓄積し、「2日に1度しか練習が出来ず、それもケガ人の調整に追われる」（松木）状況では、幅のある多彩な戦略をピッチ上に落とし込む余裕などない。気がつけば前期優勝を鹿島にさらわれていた。

【次ページ】　選手の意見を尊重するようになった松木