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「ビリなのになんで笑顔なの?」箱根駅伝の常勝軍団・青学大を作った、『気分は優勝』の最下位ゴール…2009年の当事者が語る「称賛と批判」

posted2023/01/03 17:00

 
「ビリなのになんで笑顔なの?」箱根駅伝の常勝軍団・青学大を作った、『気分は優勝』の最下位ゴール…2009年の当事者が語る「称賛と批判」<Number Web> photograph by Satoshi Wada

2009年の箱根駅伝に33年ぶりに出場した青山学院大学の(左から)荒井輔、先崎祐也、宇野純也

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和田悟志

和田悟志Satoshi Wada

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Satoshi Wada

ぎりぎりで掴み、満身創痍で挑んだ33年ぶりの箱根路で、アンカーは満面の笑みを浮かべてゴールへと飛び込んだ。その後、4連覇を達成した青学大の出発点を追った。これまで有料公開されていた記事を、特別に無料公開します。《初出:Number992号「青山学院大学『気分は優勝』の最下位ゴール」(2019年12月12日発売)》

 まるで優勝したかのようなゴールシーンだった。2009年の箱根駅伝。33年ぶりに出場した青山学院大学のアンカー宇野純也は、フィニッシュテープの向こう側に待つ仲間の姿を認めると、誇らしげに10人の汗が染み込んだ襷を握りしめた。

「都心に向かって走っていくので、どんどん応援も増えてくるんです。他の駅伝とは比べものにならないぐらい沿道の人がすごくて、気持ちよく走れました」

 走者が笑顔なら、アンカーを待つチームメイトも笑顔。宇野は両手を高々と突き上げてテープを切った。

 この大会は23チーム参加で青学大は22位。途中棄権の城西大学を除くと完走チーム中最下位という結果だった。だが、この場面だけを見ると、最下位チームのゴールシーンとはにわかに信じがたいだろう。

「みんなで最後は楽しく笑ってゴールしようと決めていたんですけど、称賛と批判が半分半分でしたね。奥さん(原晋監督夫人の美穂さん)からは『笑っている暇があったら走れ』と突っ込まれたし、いまだに『お前は優勝したのか』って言われます。気分は優勝でしたって言い返しますが(笑)」

 当人の宇野は、当時をこう懐かしむ。

 この33年前、青学大は途中棄権に終わっていた。脱水症状に陥った10区の杉崎孝がフィニッシュ地点までわずか150mを残して意識を失ったのだ。そしてそれ以来、箱根路から遠のいていた。大会後、杉崎に会った宇野は、感謝の言葉をかけられた。

「杉崎さんも途中棄権したことがずっと心残りだったそうで、僕らの襷がきちっとつながったことで、自分の中でもすっきりしたという話をされていました」

 33年越しのゴールは、多くのOBにとっても悲願だった。

原監督への信頼感が薄れた時期もあった

「笑顔の襷リレーをしよう」

 それは本戦出場が決まる前に、チームで立てた目標だった。

「正直、4年間すごくつらかった。練習がきつかったのももちろんですけど、チームの危機もあったから、最後くらい楽しく笑って終わろうって。それだけでしたね」

 当時の主将だった先崎(まっさき)祐也は言う。

 先崎が「最もつらかった」と振り返るのは、その2年前のシーズンだ。'04年に原監督が就任して強化が進み、この年にはインターハイ入賞者が複数名入学。予選会突破への機運も高まっていた。ところが、部になじめなかった有力なルーキーが次々と部を去っていき、予選会は16位と、前年から順位を3つも落とした。

「このチームはもう箱根に出られないのかなという雰囲気が漂い、チーム内に亀裂が入った時期でした。なかなか結果が出ず、みんな、監督のことも信用しきれなくなっていたと思います」(先崎)

【次ページ】 ギリギリの敗退は「悪夢」であり、「自信になった」

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