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「何これ、筋肉がパサパサだ」松中信彦が“平成唯一の三冠王”になれた理由とは? “大酒呑みの九州男児”を変えた衝撃の一言 

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永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byKYODO

posted2022/09/30 17:02

「何これ、筋肉がパサパサだ」松中信彦が“平成唯一の三冠王”になれた理由とは? “大酒呑みの九州男児”を変えた衝撃の一言<Number Web> photograph by KYODO

平成唯一の三冠王として、功績を称えられてきた松中信彦。その過程には知られざる苦労がある

 松中は、「基本的に打席に立ったときには、いつもバックスクリーンのやや左方向に上がっていく打球をイメージしている」と言う。だが、試合前の練習を見ていると、ノックバットを持ち出して、ライトのポールを目がけて打球を飛ばしている。ポールを巻いていくフェードボールで打ち方の感覚を自分の体に馴染ませているのだ。

「ボールを運ぶ練習です。バットにボールがあたってから何cmひっついているか。そういう感覚を求めている。ひっつくと、ボールにパワーを与えられる。わかりますか? 何cmひっつくか、何mmひっつくか、それでスタンドに入ったり、ぎりぎりで取られたり、変わる。来たボールをパーンと弾くんじゃなくて、ボールをひっつかせて、少しつまってもスタンドに入れられるような、打球を運んでいくって感覚なんです」

 王監督は、それを「今年はボールの運び方が今まで以上によくなっている。昨年は、ヒザの故障もあったのだろうけれど、今年はよほど体調がよかったのだろうな。いい打球になっている」と評価する。さらに「チームが1位での三冠王なのだから、立派な実力で獲ったもの」と減多に人を褒めない監督が手放しで松中を絶賛した。

 さらに、松中を成長させたもうひとつの要素がある。巨人のV9時代、球界繁栄の基礎となったのは長嶋茂雄と王貞治の関係だった。2人は“ON”と言われながら、決してベタベタした仲ではなかった。と言って、仲が悪いのではなく、野球の面ではお互い認め合い、両輪となって球界を支えた。ライバルの存在は選手を成長させる。今の松中にとって、同じチームに城島健司という選手がいることは幸せなことだ。

ホークスに受け継がれる“有言実行”

「チームではお互いに機能しないと勝てないという前提がある。だから、グラウンドに立ったら、自分のいいところを前面に出していけばいい。僕が打つとアイツだって負けまいと思うだろうし、アイツが打ったら、僕も打ちたいと思う気持ちは強い。だけど、それを前面に出すだけではだめ。チームがどう勝つのか、若い選手がいっぱい出てきているのだから、どうやって見本を見せるのか、そういう方が大事じゃないのかと思うんです。

 言ったことを実行するってきついんですけれど、僕らは若い頃に、小久保さんや秋山さん(幸二・02年引退)、工藤さん(公康・現巨人)が、言ったことをビシッとやってきたのを見ている。だからこれだけ強いチームになってきていると思うんです。今度は僕らが若い選手に伝えなければいけないから、自分自身も手が抜けない。言ったら悪いけれど、オリックスのように、急に落ちてしまうチームにはしたくない。だって九州に生まれた人間にとって、福岡にあるチームは大事だから。ダイエー、好きですからね」

 18年ぶりの三冠王にかかる期待は大きい。来シーズンは今までに経験のないプレッシャーがかかるだろう。だが、今の松中ならそれを力に変えることができるような気がする。

「プレッシャーはものすごいあります。でも、僕はプレッシャーをはねのけて成長してきた。だから、正面からぶち当たる。自分自身、最強のバッターにはまだまだですから。三冠王を獲ったなあ、と本当に実感が湧くのは、自分がユニフォームを脱いで息子が親父のすごさをわかってくれたときかもしれない。今年、体が蘇生したことで野球人生がずっと伸びたと思う。まだ2歳の息子・大輝が野球を始めて、“三冠王の息子”って言われるまで現役を続けていられたら素晴らしいね」

◎初出:Number613号(2004年10月14日発売)『三冠王インタビュー・松中信彦「言葉に責任を持つ」』より

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