「そこからの水野はもう別人でした。全然、球が来ない。ふだん140km台後半の真っ直ぐが130km台半ばまで落ちちゃって。もうまともなピッチングにならなかった」

力が入らないんだよ、手も肩も

　何度も「大丈夫か」と問いかける井上に、水野はしかめっ面で吐き捨てた。

「力が入らないんだよ、手も肩も」

　ただし、水野自身は頭部への衝撃より、大会前からのコンディションの悪さと暑さを乱れた原因に挙げている。「異常に蒸し暑くて、最初からずっと頭がボーッとしていた」というのだ。事実、この日は台風が迫っており、試合序盤は雨も降っていた。それでも7－3で圧勝したところが水野の底力か。試合後に整列したとき、「ごめんね」と水野に謝ったと、沖元は言う。

「あの体力、剛球、明るい雰囲気。水野はまるで漫画かテレビから抜け出したような選手だった。私は、彼と試合ができただけでも幸せです。夢のような体験でした」

水野と野球をやって楽しかった。だから…

　続く準々決勝の中京高校戦、大会屈指の好投手・野中徹博との投げ合いは、'80年代の甲子園を代表する熱戦としていまも語り草だ。結果は137球を投げた水野が3－1で競り勝つ。相手が野中とあって、水野も気力を振り絞って投げたのだろう。

　ただし、水野自身にはそれほど好投した印象がない。6安打1失点に抑えながら、「2桁ぐらいヒットを打たれた気がする」という。そして、誰もが圧勝を予想した準決勝のPL学園戦、1年生だった桑田真澄に本塁打を打たれ、0－7で完敗。「全然、球が来てなかった」と井上は言った。

PLで1年時の桑田　©Katsuro Okazawa

　その井上は同志社大学から東芝府中へ進んで野球を続けた。「水野に全国レベルの高さを教えられた」という坂口は、甲子園からの帰りの列車で監督に「東京六大学でやりたい」と訴えて明治大学へ入った。そして、死球を与えた沖元も、「指導者としてまた甲子園に来たい」と願い、のちに県立広島工業の監督としてその夢を叶えた。

　彼らはみんな「水野と野球をやって楽しかった。だから野球を続ける気になった」と口をそろえた。味方にも敵にもそういう喜びを与えたことこそ、真の最強投手の証かもしれない。もっとも、当の水野は言う。

「PL戦の前に3日ぐらい、台風か何かで試合が延びてればなあ。そうしたら、あの夏もおれたちが優勝してたんだけどね」