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“高圧的なコーチ”だった女子バスケ代表・恩塚亨HCを変えた1枚の集合写真と本800冊…選手が能力を発揮するための3つの軸とは? 

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宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

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posted2022/04/28 17:00

“高圧的なコーチ”だった女子バスケ代表・恩塚亨HCを変えた1枚の集合写真と本800冊…選手が能力を発揮するための3つの軸とは?<Number Web> photograph by JBA

トム・ホーバスの後任として、バスケットボール女子日本代表の指揮を執る恩塚亨HC

 実際、そのやり方で成功した。恩塚が率いた東京医療保健大は関東大学4部リーグから順調に昇格し、成績を伸ばし、創部12年目の2017年には全日本大学バスケットボール選手権(通称インカレ)で初優勝した。それから今年3月に恩塚が退任するまで、5年連続で優勝している。まさに、日本の大学バスケットボール界にすい星のように現れたチームだった。

 しかしそんな表向きの成功とは裏腹に、恩塚自身は苦しさを感じるようになっていった。

「怒ってやらせていたときは、苦しかったです。だから、3連覇をしたときには『あと何年コーチできるのかな』っていう感覚もありましたね」

 そう言うと、恩塚は1枚の写真を見せてくれた。2019年のインカレで優勝して、3連覇を達成した後の記者会見の写真だ。恩塚と選手たちが並んで座っていたが、皆、疲れ切った表情で、優勝したチームとは思えないほど笑顔のない写真だった。

「僕も疲れているし、選手もすごい顔をしている。本当にぎりぎりだったんですね」

 このままやっても長くは続けられない。すぐに行き詰まる。そんな予感があった。

中断した2年間で「800冊ぐらい読みました」

 そこに翌2020年、世界がコロナ禍に巻き込まれ、バスケットボール界でもシーズンが中断した。これが、ひとつめの転機となった。

 当時、東京医療保健大のヘッドコーチと女子日本代表のアシスタントコーチを兼任していた恩塚だったが、コロナ禍で大学の練習が中止となり、女子代表で出場予定だった東京オリンピックも延期となった。いつもは現場でのコーチングや試合の準備のための映像分析などで手一杯だったのが、ぽっかりと時間があいた。

「この時間で本を読もうと思って、読みまくっていました」と恩塚。「2年間で800冊ぐらい読みました」

 バスケットボールやスポーツ関連の本だけでなく、人間観や、脳科学の本も読んだ。人間がどういうときに力を発揮するのか。人生の価値とは何なのか。コーチングのヒントを得られそうな本を読み漁った。

 自信を持っていない選手に怒って無理にやらせることの限界も、本を読んだことで理論的に理解することができた。

「脳科学的に、人間怖くなったら戦うか逃げるかしかなくなる。昔、戦っていた人たちはみんな死んでいたはずだから、今、生き残ってきたのは逃げてきた人たちだという話を聞いて、本能的に怖いと思ったら逃げるし、自信がなかったらやらないという人間の本能に抗って鞭打ってやらせても、たかがしれているなって気づきました」

 ほかにも、たとえば田坂広志の本から、人間は志があれば頑張れるというヒントを得た。大嶋啓介の本や講演に「ワクワク」という言葉を見つけた。脳科学の本からは、潜在意識の力のほうが大きいということを知り、それをどうやって引き出すかがパフォーマンスの鍵だと気づいた。「ワクワク」や「夢」は潜在意識の部分。そうやって得た知識をリンクさせていくと、新しいやり方が見えてきた。

 軸は3つ。ワクワクと夢を抱くこと。効果的な方法を理解すること。自分ならできると自信を持つこと。

「この3つが揃って、初めて力を発揮するというのを学んだんです」と恩塚は言う。

【次ページ】 ロジカルなコーチングに感じた限界

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