もう僕の役割は終わったと思っていました

　第3試合が終わった。丹羽は敗れ、対戦成績は日本の2－1となった。第4試合の水谷が勝てば、その瞬間にメダルが決まる。

　水谷は椅子から立ち上がると身体を動かし始めた。重圧はなかった。自分が敗れても最終第5試合に控える張本智和に託せばいいと考えていた。

《第1試合のダブルスを取った時点で、もう僕の役割は終わったと思っていました。あとは張本が決めてくれると信じていました。それに……相手はメキメキ強くなってきた選手で、自分は一度も勝ったことがなかった。とくにあのときの目の状態では難しいかなと……》

　相手は韓国のエース張禹珍（チャン・ウジン）だった。右肩上がりの彼と、日に日に目の状態が悪化していく自分とでは勝負にならないだろうという諦観が胸の底にはあった。

　コートインの時刻になった。男子監督の倉嶋洋介のもとへ歩み寄ると、なぜかその輪に張本もいた。

「5番（第5試合）頼むね。しっかり準備しといてよ」

　水谷は命運を託すつもりで張本の肩をたたいた。

張本「僕は練習に行かずにここで応援しています」

　ところが張本はその場を動こうとはせず、真っ直ぐに水谷を見つめてこう言った。

「いえ、水谷さんなら必ず勝ってくれると信じていますから、僕は練習に行かずにここで応援しています」

　その瞬間、微かに胸の奥が熱くなった。

《ああ、期待してくれているんだと思って……なんか少し心のスイッチが入ったような気がしました》

　日本卓球界を背負う18歳が見ているのは年齢でも対戦成績でも下馬評でもなかった。水谷の中にあるものを見て、それを信じているようだった。

　そして考えてみれば、この東京オリンピックでは水谷自身がその説明できない力を証明してきたのだ。

©JMPA

　自国開催の五輪に臨むにあたって、じつは水谷は何も期待していなかった。球の回転すら正確に見えなくなった今、おそらく何かを手にすることなどできないだろうと思っていた。だからボールを見極めることは諦めて、感じることにした。ゲームの状況、相手の体勢や気配からどこにどんな球がくるのか推測するのだ。

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