ボクシングPRESSBACK NUMBER

麻薬密売の囚人とタイトル戦、週7バイト、“上戸彩に似てる”と売り出され…宮尾綾香38歳が語る《女子ボクシング》のシビアな現実 

text by

杉園昌之

杉園昌之Masayuki Sugizono

PROFILE

photograph byMasayuki Sugizono

posted2021/10/28 11:01

麻薬密売の囚人とタイトル戦、週7バイト、“上戸彩に似てる”と売り出され…宮尾綾香38歳が語る《女子ボクシング》のシビアな現実<Number Web> photograph by Masayuki Sugizono

プロ転向18年の宮尾綾香(38)。“上戸彩に似てる”と騒がれた過去も笑い飛ばせるぐらい、すべてをボクシングに捧げている

 アマチュア経験のない宮尾は叩き上げで、上り詰めてきた自負がある。18年前、長野県の短期大学に通っていた20歳の女子大生は、六本木ヴェルファーレで初めて女子プロボクシングの試合を観戦し、心を震わせた。日本ボクシングコミッション(JBC)未公認の時代に世界3階級制覇を達成した風神ライカは、一際輝いていた。

 幼い頃からバスケットボールに熱を注いできたが、目立った成績を残せず、燃え尽きることもできなかった。ちょうど、一生懸命になれることを探していたときだった。

「何も持っていない自分が嫌でした。何か一つでもいいから誇れるものが欲しくて、私もリングに上がってみたいと思ったんです」

 その後、大学の通学路にあったキックボクシングジム『明和心塊』に通い始め、がむしゃらにサンドバッグを叩いた。ボクシング専門のトレーナーから指導を受けるのは週1回のみ。それでも、真剣に取り組んだ。

麻薬密売の受刑者とタイトルマッチ

 JBC未公認時代に日本女子ボクシング協会(JWBC)のライセンスを取得し、2004年7月にプロデビュー。2007年4月にはプロ9戦目の23歳でWBC女子ライトフライ級のタイトルマッチのチャンスをつかみ、意気揚々とタイへ乗り込んだ。

 会場は塀の中に設置された屋外リング。肌にまとわりつく暑さはいまも感触が残る。相手は麻薬密売罪で服役中の受刑者だった。後に元囚人ボクサーとして映画化され、有名になったシリポン・タウィスクという人物である。

「初めての海外で、もちろん初めての刑務所。銃剣を持った軍人さんが並んでいて、異様な雰囲気にのまれたところはありました。テレビ放送が入り、ラウンドガールは性転換して見た目は女性の男性受刑者。お客さんは受刑者の身内関係の方と聞きましたが、完全なアウェーでした。私自身、浮き足立っていましたし、技術面でも全く歯が立たなくて……。井の中の蛙でした。いま振り返れば、勝てるかもと思っていた自分が恥ずかしい」

 タイで打ちのめされた経験は、ボクシングに本気で向き合うきっかけになった。翌年には一念発起して上京。背中を押してくれたのは、グローブをつけて殴り合うことに誰よりも反対していた父親だ。

『長野でくすぶっているんだったら、東京へ行ってこい』

 そして、横浜の大橋ジムで再出発した。

【次ページ】 29歳で世界チャンピオンに

BACK 1 2 3 4 NEXT
宮尾綾香
入江聖奈

ボクシングの前後の記事

ページトップ