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厳しすぎるリハビリを乗り越えて…長嶋茂雄が東京五輪にどうしても“参加”したかった理由《開会式・聖火ランナー》 

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鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

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posted2021/07/24 12:30

厳しすぎるリハビリを乗り越えて…長嶋茂雄が東京五輪にどうしても“参加”したかった理由《開会式・聖火ランナー》<Number Web> photograph by Getty Images

東京五輪開会式に聖火ランナーとして登場した、プロ野球界のレジェンド(左から)王貞治、長嶋茂雄、松井秀喜各氏

「野球ならWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)とかあるし、他の競技もワールドカップや様々な国際大会がある。ただ、それは一つの競技の大会です。オリンピックはそうした様々な競技が一堂に会して、それぞれの選手たちがそれぞれの国の旗の下に集結して戦う大会なんです。次の東京オリンピックでは、野球も再びその中の一つとして日の丸を背負って戦う。そういう重みを持った大会はオリンピック以外にはないわけですよ」

筋トレかと見紛うような激しいリハビリに取り組んだ

 そうして病後の大きな目標の一つが、この東京五輪に「何らかの形で関わる」こと、具体的には聖火ランナーとなって五輪に“参加”することだった。そのために筋トレかと見紛うような激しいリハビリに取り組んできていた。

 長嶋さんが五輪に出会ったのは1964年の前回の東京大会だ。報知新聞の「ON五輪を行く」という企画で、この日、共に聖火ランナーを務めた王さんと様々な競技場に赴き観戦記を寄稿した。

「当時は日本が初めてアジアでオリンピックをやるということで、大丈夫なのかなという心配もあった。ところが1月、2月と進んでいくと首都高速道路ができて、新幹線が通って、東京の街中がすべてオリンピックで繋がっていったからね。上へ上へとだんだん良くなっていく、まさにその瞬間だった。オリンピックを2回もやるというのは、アジアの中では他にはそうはない。それをやるわけですし、昭和39年とはまた違う、意義というのが出てくるはずだと思います」

この東京五輪にも、また別の役割があると考える

 そこで感じたのは五輪とは単なるスポーツの祭典としてだけではなく、その時代、その時代の世の中を写す鏡であり、その中でスポーツが果たせる役割があるということだった。その意味では発展途上のど真ん中で開催された前回の東京五輪は、日本が経済的に成長していくジャンプボードの役割を担った大会でもあった。

 そしてコロナ禍の中で開催された今回。この東京五輪にも、また別の役割があると長嶋さんは考えているのである。

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