「スケートも『コーチになりたい』と始めたのがきっかけなんです。その夢は今も変わっていなくて、五輪も出させてもらいましたけど、まだ夢は叶えられていないんです。でも世界で戦いながら出産とかを本当にたくさんの経験させてもらったので、きっと技術的にも精神的にも色々なことを伝えられるかなって」

　強い光を宿す瞳で、すべての質問にはっきりとした言葉を放つ。意志の強さを感じるが、その内面はとても繊細でほろほろと崩れてしまいそうな瞬間を、幾度となく耐えてきたのかもしれない。

フィギュアスケーター・安藤美姫の原点

　いま、安藤にとって喜びとは何かと問うと、「怒っていてもすぐに笑いがやってくるような娘との生活。お声がけいただき、いま100％向き合って挑戦したいと思えている全てのお仕事。そしてトリノ以来ずっと、今では娘のことも考えて一緒に仕事をしてくれるマネージャーの存在」と答えてくれた。娘は小学生になった。今はピアノやダンス、お芝居など、さまざまな習い事をして好きなことを探しているところなのだという。最近は「いい機会になるかなと考えて」親子でテレビ出演も果たした。娘の話をするとき、安藤の表情にはなんとも言えない、柔らかな明るさが一瞬で広がる。

　自分と一緒にいて、力をくれる誰か――。自分の技術と表現でその「誰か」を喜ばせることが、安藤のアスリートとしての原点であり動機なのかもしれない。

　安藤は競技人生を通して、ずっと父の死と存在を意識していたと語った。父を必要としていたのかもしれない。「ずっと空から見てくれている父」のような存在を、闘う自分のそばに必要としていたのかもしれない。そして今、自ら選択してこの世に送り出した娘の存在が、確実に現在の安藤を強く美しく、しなやかにしている。

（【はじめから読む】安藤美姫が明かす“記憶を失くした18歳の1年間”「特にトリノの頃はスケートのことをあまり覚えてないんです」へ）

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