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【追悼 コービー・ブライアント】
コービーとシャックの長年の軋轢。
ついに和解した、意外な理由とは? 

text by

長澤壮太郎

長澤壮太郎Sotaro Nagasawa

PROFILE

photograph byreuters/AFLO

posted2020/01/27 13:20

【追悼 コービー・ブライアント】コービーとシャックの長年の軋轢。ついに和解した、意外な理由とは?<Number Web> photograph by reuters/AFLO

どんなに仲違いしていたとしても、レイカーズでの輝かしい戦績が色褪せることは無い。

意外な展開で雪解けを迎えた2人。

 2人は犬猿の仲のまま別れ、何年経っても話はするものの、距離は縮まらない状態が続いていました。

 シャックは自伝で、お互いの子供達を会わせる時は“シャックおじさん”“コービーおじさん”になって平和を保つ、と書いているとおり表面上だけの関係であったことがわかります。

 時代は流れ、世間的にもこの話題は沈静化し収まったとみんなが思っていたその時、ある男の出現で「コービー&シャックの長い喧嘩の歴史」が、意外な展開で幕を閉じることになったのです。

 2012年8月、シャックがレイカーズを去ってから8年後、レイカーズにシャック以来の大物センターが加入しました。

 彼の名はドワイト・ハワード。

 身長211cm、体重125kgの恵まれた体格に加え、規格外のジャンプ力でダンク王そして最優秀守備選手に3度も輝いている球界屈指のセンター。彼の加入でレイカーズは一気に優勝候補筆頭となりました。当時のメディア公開日の取材に私も行きましたが、報道陣の数が凄すぎて彼とコービーは常に50人位に囲まれ続けていました。

ハワードを見てシャックの偉大さに気づく。

 ハワードはシャック同様オーランド・マジックで頭角を現し、レイカーズに移籍してきました。2人は同じポジション、世間的にはシャックの後継者と期待されるも、「根本的な性質が違う」と早々にシャックがハワードを否定。それを取り上げられ、新しいスターへのやっかみ、と言われていました。

 シャックが去った後もレイカーズを優勝に導いたコービーは、ハワード加入で将来的にハワード中心のチームになる可能性も踏まえ、先輩として帝王学を注入するのも厭わない、とやる気満々でした。しかし開幕してみるとチームは全く噛み合わず、現代っ子気質のハワードは超ストイックなコービーにドン引きし、結局ロケッツに移籍してしまいました。

 しかしこのハワードと過ごした時期が、コービーにシャックの偉大さを気付かせるキッカケとなったのです。

 あるホームゲームでシャックが会場にいると知ったコービーは、試合後知人を通してシャックに控え室まで来てもらい2人きりで会話をしました。そこで、当時どれだけシャックが偉大だったかを、ハワードと組んでみて初めて本当に理解したと告白したのです。シャックもハワードのことを認めてなかった部分もあり、お互い共通の理解に達し、長きにわたるわだかまりに終止符を打つことになったのです。

【次ページ】 1つのチームにふたりの“Alpha Dog”が。

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