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本田真凜が米国で迎えた変化の兆し。
「まだ、うれしかったことはない」 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byNobuaki Tanaka

posted2019/10/24 18:00

本田真凜が米国で迎えた変化の兆し。「まだ、うれしかったことはない」<Number Web> photograph by Nobuaki Tanaka

ラファエル・アルトゥニアンの指導のもと練習に励む本田。今季GPシリーズはスケートカナダ、中国杯に出場する。

「逃げることは絶対したくない」

「アメリカでは、練習して学校の課題をする繰り返しで、外に出ることもなく、自分からどこかに行きたいというのもなく、暗い生活でした」

 成績も伸び悩んだ。グランプリシリーズは8位と6位、全日本選手権は自己ワーストの15位に終わった。

 それでも、本田は言った。

「逃げることは絶対にしたくないです」

 ここでフィギュアスケートをあきらめたくないという思いが強かった。このままではいけない、何が課題かを考えた。

「ジュニアとかノービスの時代は練習よりも試合を楽しみにしていて、試合を頑張ろうという感じでした。でもシニアに上がってからは気持ちの部分が違って、精神面であまり強くない、と去年感じました」

 ジュニアの頃までは、試合など本番に強い印象を周囲に抱かせた。本人もまた、「ここというときに集中してできるんです」と、語っていた。しかし、シニアでは違っていた。ジャンプで1つミスが出ると不安な気持ちに包まれた。自信を持つことができなかった。

本田武史にもジャンプを見てもらう。

 克服するには何が大切なのか。答えの1つは、練習の取り組み方だった。

「その日その日で目標をもって練習するようになりました。それができるまでその日の練習は終わらないとか、逆に練習時間が少ない日だと集中してできるようにかわってきたんじゃないかなと思います」

 ジャンプの練習も工夫した。日本にいるときは、本田武史氏に見てもらうようにしたことだ。

「ラファエルコーチと相談して決めました。跳び方をラファエルコーチに習っても、日本にいる間に自分の跳び方に戻りかけて、ということを去年は繰り返していたんじゃないかと思うんです」

【次ページ】 周りから「明るくなったね」と。

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