ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
井上尚弥はまるでマイク・タイソン。
長期戦の予想をあざ笑う2R衝撃KO。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2019/05/20 11:45
数発の被弾で、ロドリゲスの心は完全に折れていた。井上尚弥の異次元さは加速している。
真吾トレーナーと相手陣営の感情的衝突。
井上は知る由もないが、青コーナーの下では真吾トレーナーがキャンバスをバンバンと叩いて興奮し、インスペクターから注意を受けていた。
実は真吾トレーナー、公開練習でロドリゲスの練習風景をスマホで撮影したところ、ロドリゲスのトレーナー、ウィリアム・クルスに突き飛ばされ、その後もにらみ合いに発展するなどヒートアップしていたのだ。
「向こうのトレーナーが、試合前にもナオをすごくにらんでいて、少し感情的になってしまったんです。だからダウンを取ったときにリングをバンバン叩いて、3回くらい怒られちゃいました」
ダウンを奪った井上もガッツポーズで感情をあらわにしたが、ここからの仕上げは最も得意とするところ。真吾トレーナーとは対照的に、冷静に息の根を止めにかかった。
「ロドリゲスは前の試合を見てもボディが強そうには見えなかった。作戦としてはボディで弱らせるというのもちょっと考えていた」
試合前に思い描いていたプランの1つを引っ張りだした井上は、IBF王者に対し、左フック、右アッパーをボディに叩き込んで2度目のダウンを奪う。最後も無慈悲に左ボディをえぐって試合を終わらせた。
周囲の期待の高まりで一度は崩れた。
長期戦の予想をあざ笑うかのようなこの快勝劇。結果論になってしまうが、井上はすべての不安要素をリングに上がるまでに払拭していたということだろう。
“出来すぎ”の2連続初回KO勝ちで周囲の期待はヒートアップした。KOは当たり前で、より早いラウンドでのスペクタクルなKOを求められた。これをアマチュアで171勝11敗、プロで無敗のIBF世界チャンピオンを相手にやれというのだから、周囲の期待は大きな重圧となった。
その結果、井上は昨年末から「気にしないようにしても、気になってしまう」とボクシングを乱した。本来のスタイルを見失い、力任せで、細かいパンチを被弾するという雑なボクシングに陥る。これまでに見せたことのない姿に、所属ジムの大橋秀行会長は心労がたたって1週間の入院を余儀なくされたほどだ。