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“世界”の強さを知った世界選手権。
日本人クライマーがいま越えるべき壁。

posted2018/09/28 11:00

 
“世界”の強さを知った世界選手権。日本人クライマーがいま越えるべき壁。<Number Web> photograph by AFLO

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津金壱郎

津金壱郎Ichiro Tsugane

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AFLO

 スロベニアのメディアが表彰式後のミックスゾーンの写真を掲載している。キャプションには、“日本の報道陣に取り囲まれるヤーニャ・ガンブレット”と書かれているのだが、この光景こそがオーストリアで開催された世界選手権の主役が誰だったかを物語っていた。

 日本のスポーツマスコミは、各種競技を報じる場合に優勝した海外選手よりも、涙を飲んだ日本選手の取材に重きを置く傾向にある。世間一般に競技そのものが浸透していないなかでは、日本人選手の結果を伝える方が妥当ということなのだろう。

 そのためスポーツクライミングでも、東京五輪の追加種目決定後に初めて国内開催された昨年のW杯ボルダリング八王子大会では、優勝したヤーニャにコメントを求めた記者はいなかった。2016年の世界選手権パリ大会でリードを制したクライミング界の超新星ではなく、報道陣は野口啓代と野中生萌を幾重にも囲んでいた。

 それが、である。インスブルックで開催された今回の世界選手権は、日本の報道陣がヤーニャを取り囲んで質問攻めにした。オリンピックフォーマットで初めて実施された複合種目の金メダリストということを差し引いたとしても、日頃は海外選手に無関心な日本の報道陣が注目してしまうほど、彼女が見せたパフォーマンスは圧巻だったということだ。

4課題すべてを完登したヤーニャ。

 ヤーニャがもっとも力を注いでいたリードは、ただひとり予選から決勝までの4課題すべてを完登。決勝では完登を決めた瞬間に、前回大会と同様に壁を数度叩いて喜びを炸裂させた。しかし、ライバルも同じ高度を記録したことで、どこまで高く登れるかを競う種目の勝敗が完登に要したタイムに委ねられた結果、11秒差で地元オーストリアのジェシカ・ピルツが金メダルを手にすることになった。

 リード決勝から3日後に行われたボルダリング予選が始まっても、ヤーニャは連覇を逃したショックを引きずっていた。目の前の課題に集中しきれていないのは明らかだったが、それでも予選4課題をグループ内でただひとり全完登し、まざまざとレベルの違いを見せつけた。

 そして、決勝では4課題を2完登3ゾーンで金メダルを獲得。結果だけを見れば2位の野口啓代との差は1ゾーン。だが、第3課題終了時点で優勝を決めたヤーニャが、野口が完登を記録した最終課題のトライ中から、こみ上げる感情をコントロールできずにいたことを思えば、実際には記録以上の差があったと言える。

【次ページ】 すべての課題に笑顔で向き合って。

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