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大スター来日が孕む光と影。“野球本”を超えた充実の一冊。
~『大戦前夜のベーブ・ルース~』~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2014/06/04 10:00

大スター来日が孕む光と影。“野球本”を超えた充実の一冊。~『大戦前夜のベーブ・ルース~』~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『大戦前夜のベーブ・ルース 野球と戦争と暗殺者』 ロバート・K・フィッツ著 山田美明訳 原書房 2800円+税

 今年は日本にプロ野球が誕生して80周年、その契機が1934年(昭和9年)、ホームラン王ベーブ・ルースを擁する大リーグ選抜チームの来日だった。日本は、職業野球チーム「大日本東京野球倶楽部」を結成し16試合を戦い全敗した。大敗の後「倶楽部」は「巨人軍」となって日本のプロ野球の幕が開く。よく知られた史実だ。この日米野球が当時の日米の新聞、雑誌の記事、当事者の回想録等の膨大な資料(参考文献8ページ、注14ページ、記録5ページ)を基によみがえった。

 正力松太郎のプロ野球と新聞とを結びつけた経営眼と部下の鈴木惣太郎のルース招聘に至る活動から、数十万人の「万歳!」の声で揺れた銀座の歓迎パレード。北は函館から南は小倉まで、全国を転戦した16試合が多彩なエピソードで詳述される。

 この遠征が監督テスト期間だったルースは、そうとは知らずに、少年たちに葉巻の煙を吹きかけ、雨中の試合では傘を手に守り、と天性のショーマンぶりを発揮する。守り重視と根性の日本と打撃優先のアメリカとの野球観の違い。ホテルのない地方都市で畳の部屋に戸惑う大リーガーたち。草薙球場の快投で日本球史の伝説となる沢村栄治や亡命ロシア人スタルヒン、ハワイ育ちのジミー堀尾らの野球に賭けた思いとその後の悲劇など……この試合に関わった人々の姿が生き生きと描き出された。

戦前の日米関係と、ルース来日の裏にあった様々な思惑。

 しかし、本書がよく書けた“野球本”を超えたのは、激動の時代の中の日米野球を捉えたところにある。不穏な日本軍部の動き。スパイのような活動をする語学の天才モー・バーグ捕手。行き詰る日米交渉打開に野球による友好促進で望みをかける駐日大使ジョセフ・グルー。天皇の名を冠した明治神宮球場を米国人との試合で汚した国賊・正力を襲撃する右翼。球場外の世相が織り込まれ、本書に歴史書の深みを与えた。

 原題は『バンザイ ベーブ・ルース』。ルース歓迎の「万歳」は戦場で「地獄に落ちろ、ベーブ・ルース」に、そして戦後の米国チーム来日で再び「万歳」へと変転する。様々な思いを誘う原題だ。プロ野球80周年に読むのに最適の秀作だろう。

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