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<蘇る死闘2010> 本田圭佑 「あのゴールは想定内だった」 

text by

木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

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photograph byAFLO

posted2011/01/04 06:00

<蘇る死闘2010> 本田圭佑 「あのゴールは想定内だった」<Number Web> photograph by AFLO

カメルーン戦の前半39分、松井大輔からのクロスを落ち着いてゴールに流し込んだ

劣勢を覆すカメルーン戦の先制点と、予測不能の軌道で
ネットを揺らしたデンマーク戦でのフリーキックは、試合前、
すでにイメージができていたという。
日本代表をW杯ベスト16に導いた想定内の2ゴールは
いかにして生まれたのか。
2010年のナンバーMVPに輝いた本田圭佑の激動の1年と、
大舞台で力を発揮するための独自のメンタルに迫った。

 マイナス20度。

 ここまで気温が下がると、目の中に入れたコンタクトが凍りつき、失明する恐れがあるそうだ。だが、それほどの極寒にもかかわらず、モスクワのヒムキ・スタジアムには約4000人の観客が駆けつけ、ゴール裏の一部のサポーターは上半身裸になって気焔をあげていた。

 12月2日、ヨーロッパリーグF組、CSKA対ローザンヌ――。白い息を吐きながら、ピッチの中央に本田圭佑が立っていた。

 与えられたポジションはボランチで、希望するトップ下ではない。7月にはスルツキ監督と意見がぶつかり、試合の登録メンバーから外されたこともあった。だが、あれから約4カ月が経ち、今ではボランチというポジションを自分なりに消化し、“中央にいるMF”として思い通りにプレーできるようになってきた。

 本田は「まだまだですけどね」と前置きしたうえで、力強く語った。

「誰が前にいようが、誰が後ろにいようが、オレは前に行く。それを主張し続けたことで、まわりがそれに合わせて、システムを変化させるようになってきた。オレに対しての理解が深まったというかね。最近はどういうシステムだろうと、わりとストレスを溜めずに、やれるようになってきました」

本田にとって大きなターニングポイントになった2010年。

 後半16分、3-0とリードしている展開で本田が交代を告げられてピッチを去るとき、スタンドからはスタンディングオベーションが起こった。本田は両手を高く掲げて拍手し、その歓声に応えた。

 日本サッカー界の救世主となった男の、今年最後の公式戦が幕を閉じた。

 2010年。

 この年は本田にとって大きなターニングポイントになった。1月にオランダのフェンロからロシアのCSKAに移籍すると、いきなりチャンピオンズリーグのセビージャ戦でFKを叩き込んで欧州の舞台でブレイク。そして南アフリカW杯では初戦のカメルーン戦で決勝点を、第3戦のデンマーク戦では先制点となるFKを決めて、日本をベスト16に導いた。本田の奮闘がなければ、日本サッカーの歴史はまた別のものになっていたといっても過言ではないだろう。

【次ページ】 デンマーク戦でFKを蹴る前に考えたこと。

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