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渡辺監督が期待をかける、
石井一久の「遊び心」。
~西武黄金時代の東尾修のように~ 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2010/06/04 06:00

渡辺監督が期待をかける、石井一久の「遊び心」。~西武黄金時代の東尾修のように~<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

 5月19日、西武対ヤクルトの交流戦。西武の先発、石井一久は古巣相手に9回2失点の好投を演じ、プロ入り19年目で全球団から勝ち星を挙げた。2001年に日本シリーズで対戦した近鉄とメジャー17球団を加えると、日米30球団から勝利を得たことになる。

「8回終了時に監督から『続投するか』と聞かれて、行くと言いました。珍しく野球選手の負けず嫌いが出ました」

 飄々とした生き方が売りのベテランも、この試合はいつになく燃えていたようだ。

 '92年、野村克也が監督を務めるヤクルトにドラフト1位で入団。'01年、若松勉監督時代に日本一を達成した時、「野村さん以外の監督でヤクルトを日本一にするために頑張ったのだから、今度は我がままを聞いてほしい」と、ポスティング制度でのメジャー行きを球団に求め、移籍。4年に渡りドジャース、メッツの2球団で活躍した。

 '06年にヤクルト復帰。西武にFA移籍した'08年は、ちょうど渡辺久信が新監督に就任した年だった。2人はヤクルトで共に過ごした経験があり、渡辺は石井の性格を知り抜いている。当時、渡辺新監督は「アイツの遊び心は、いい意味でウチの若い連中の手本になると思ったから」と、獲得の理由を語ってくれた。

雄星にほとんど何も教えようとしなかった理由。

 自身も現役時代は洒脱な男だっただけに、石井に同じ感性を感じていたのかもしれない。プロとは何かということを熟知しているから調整方法なども全て任せてある、と全幅の信頼を寄せていた。

 涌井秀章たちは、石井の生き方をずいぶん参考にしていた面もあるが、今年のキャンプで会った雄星には、ほとんど何も教えようとはしなかった。

「聞きにきたら教えることはあるけれど、今の段階で自分と同じようなやり方を知るのはよくない」

 若い時は身体で覚えるためガムシャラにやらなければいけない、と思っていたに違いない。しかし口にこそ出さないものの、自らの背中で手本を示していた。

「遊び心のあるベテランがまとめ役になってくれた時って、チームがひとつにまとまれる。西武が強かった頃の東尾さんのように……」

 渡辺監督は西武黄金時代の東尾修と石井の姿をだぶらせながら、存在の大きさを認めていた。

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