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未来の落合博満や野茂英雄のため、
プロ野球界は育成システムの強化を! 

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小関順二

小関順二Junji Koseki

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2012/05/17 10:30

未来の落合博満や野茂英雄のため、プロ野球界は育成システムの強化を!<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

昨年まで和田毅がつけていたホークスのエースナンバー「21」を背負う千賀滉大。2度の1軍登板は自滅の形となったが、19歳右腕の可能性は首脳陣も認めている。

 5月11日、0.5ゲーム差の中にいる1位ロッテと3位ソフトバンクの首位攻防戦を見にQVCマリンフィールドまでやって来たのは、予告先発で「ソフトバンク→千賀滉大」とあったからだ。

 千賀がどんな選手か知らない人もいると思う。“本ちゃん”のドラフトで指名された選手ではないからだ。2010年の育成ドラフト4位で入団……1位ならわかるけど、4位です。これだけでいかに無名だったかわかる。出身高校も無名の蒲郡高で、千賀がいた'10年は愛知大会3回戦で岡崎商に1対7で敗れている(2回戦から出場)。

 この日の両軍スターティングメンバー18人のうち育成ドラフト出身は千賀以外にもいた。ロッテの1番打者で、昨年のゴールデングラブ賞受賞者の岡田幸文がそうで、何と'08年の育成ドラフト6位で入団している。

渡邉元巨人オーナーの鶴の一声で始まった育成制度。

 元巨人球団代表・清武英利氏の著書『巨魁』(WAC刊)によると、この育成システム、元々は川島廣守コミッショナー('98~'04年在職)が渡邉恒雄・巨人オーナー(当時)の「支配下選手70人枠の撤廃」発言を受けて、'02年11月8日のオーナー会議で「(それを)やらないとプロ野球の将来がないことは明白だ」と発言したことから始まる。

 巨人オーナーのプランだけに資力のあるチームとの連携が考えられたが、これに真っ先に賛同したのは最も資力のないチームと言われる広島の当時オーナー、松田耕平である。早速、鈴木清明・広島常務が「70人の支配下選手に加え、準支配下選手と育成選手(練習生)の身分で枠外の選手を保有する」というプランを作成し、これに同じ思想を持っていた清武・巨人球団代表(当時)、瀬戸山隆三・ロッテ球団代表(当時)が同調し、紆余曲折を経たのち育成制度が'05年からスタートした。

 清武氏は同書に「新人ドラフトでアマの有名選手を指名するのは、宝石店で保証書付きのダイヤモンドを買うようなものだ。一方、入団テストでスターを見つけるのは、浜辺でダイヤモンドを探すのに近い」と書いている。

【次ページ】 育成ドラフト出身者が主力に成長する確率は低いが……。

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