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あえて言う「ベッカムVS.ロナウジーニョ」 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2004/04/29 00:00

あえて言う「ベッカムVS.ロナウジーニョ」<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 「ベッカムVS.ロナウジーニョ」というタイトルは、かなり恥かしい。

 なぜなら、サッカーという団体競技ならではの面白さであるコンビネーションプレーとか、戦略・戦術とか、システムとかの要素が、ゴッソリ抜け落ちているからだ。レアル・マドリー対バルセロナの一戦を「ベッカムVS.ロナウジーニョ」などと要約するのは、残りのチームメイト、そして監督やコーチに対する冒涜ですらある、と思う。

 が、そんな乱暴も今回だけは勘弁してもらおう。

 何せ、この2人には所属チームが逆になっていたかもしれない因縁があるのだから――昨年6月、バルセロナのラポルタ会長がベッカム獲得を公約する一方、ロナウジーニョにはレアル・マドリーが強力なオファー(1年間パリサンジェルマンへレンタル移籍、その後レアル・マドリー入り)を出していた。来季の銀河の戦士は、ファン・ニステルローイでもトッティでもなく、ロナウジーニョだったかもしれないのだ――。

「フェイスタ! フィエスタ! キャハハハ」とはしゃぐロナウジーニョ。「私は悲しい。この頭にしてからカンビアッソに間違われるし」と落ち込むベッカム。Canal+の人気番組「El Dia Despues」に登場するマペット人形でも、2人の明暗は分かれた。

 バルセロナは2-1でレアル・マドリーを下した。宿命のライバルをリーグ優勝から遠ざけ、しかも“裏切り者”フィーゴの退場で逆転勝ち。ロナウジーニョでなくともバルセロナは笑いが止まらない。「フィーゴ、ありがとう!」。バルセロナ系のメディアではそんな皮肉なタイトルが踊った。

 ロナウジーニョはバルセロナを明るくした。

 あの笑顔。サッカーの楽しさをあれだけ表現するプロ選手はいないだろう。私が教えているサッカーチームの子供たちと同じ笑顔をする。サンティアゴ・ベルナベウでも、試合前にはチームメイト全員、試合後にはレアル・マドリーの選手や審判も抱き締めていた。ロナウジーニョ流の愛情表現なのだろう。

 真剣勝負の場でもニコニコ笑っているが、彼のプロ意識を疑う者はいない。

「夜遊びが好きで、わがままだという噂とは大違い。あれほど一生懸命やる選手とは」。昨年末、バルセロナ系の「SPORT」紙ディレクターや「MARCA」紙のバルセロナ支局長らと話す機会があったが、彼らは一様にそう感心していた。かつてバルセロナに在籍したロマーリオも、ロナウドも、リバウドも選手としては超一流だったが、ファンに愛されることはなかった。が、ロナウジーニョは持ち前の愛嬌で、その壁を乗り越えようとしている。

 一方、ベッカムの笑顔は爽やかだ。ゴールの祝福に駆け寄るのは彼が常に一番。あのはしゃぎ方も子供のよう。グラウンドを離れるとき、必ずスタンドに向かって拍手する姿は、ファンあってのプロスポーツマンの鏡とさえ言える。

 が、ロナウジーニョと違って、相手選手には嫌われている。それが、激しいファウルを受け、審判の見えないところで足を踏まれたり、髪を引っ張られたりする原因になっている。フォー・ザ・チームに徹する献身的なプレーで、レアル・マドリーファンの心をつかんだが、美しい容貌、美人の奥さん、大金持ちでは、嫉妬されるのも仕方ないか。

 ブラジルでは、「俺は醜いが、カリスマがあるぞ♪」という応援歌を捧げられていたというロナウジーニョにはその心配はいらない。人間、何が幸いするかわからないものだ。

 さて、肝心の試合では、前半はベッカムの圧勝だった。

 不倫を反省してか頭を丸めたベッカムは、カンビアッソとともに中盤を支えた。コクー、シャビー、ダービッツという本職を相手に、にわかボランチのベッカムは忠実なカット、インターセプト、カバーリングを見せた。もっともこの点では、カンビアッソの動きが非常によく、フィーゴのゾーンを問わない精力的な動きがあったことにも助けられた。

 ベッカムが本領を発揮したのは、コーナーキックと間接フリーキックだ。

 私はスタンドの高い位置から見ていたから、ボールの軌道と選手たちの動きがよくわかった。コーナーキックでもフリーキックでも、基本の蹴り方はキーパーから逃げていくカーブを描くこと。キーパーは飛び出せず、アタッカー側は前から来るボールをヘディングできるからだ。選手たちは、ニアポストを狭く、ファーポストを広く並ぶ(むろん、カーブのかけ方にも配置にもバリエーションがある)。

 ベッカムのボールの凄さは、カーブの軌道と走り込んでジャンプする選手が、上からだと完全に重なって見えるほどの、絶妙のコントロールにある。速さ、高さ、曲がり具合が完璧に計算されないと、こうはならない。私はスペインで10年間プロ・アマ問わずサッカーを見ているが、この日のベッカムは文句なくピカイチ。あの空中戦に弱いレアル・マドリーが、ほとんどのボールをヘディングシュートに結びつけていた。

 この間、ロナウジーニョは何をしていたのか?

 完全に消えていた。ミッチェル・サルガドとエルゲラあるいは、ミッチェルとベッカムのコンビに徹底マークされ、ボールさえ触れない。得意のまたぎフェイントをするスペースは奪われ、たまにボールを持っても、安全に横や後ろに出すしかない。徐々にバルセロナはロベルト・カルロスの背後を狙い始め(同点ゴールはここから生まれた)、逆サイドのロナウジーニョの出番はさらに減った。

 そんなベッカムとロナウジーニョの立場は、56分の同点、69分のフィーゴの退場によって劇的に逆転する。

 後半、ロナウジーニョはサイドを変え、右のロベルト・カルロスとラウール・ブラボと対面していた。リーグタイトルを狙うレアル・マドリーは、10人になっても攻めるしかない。ロナウジーニョには待望のスペースができた。トラップして前を向き、またぎフェイントが入りドリブルが始まると、もう止められない。ペナルティーエリア内では、あのロベルト・カルロスすら足元に跳び込もうとしなかった。「足を入れろ!」。スタンドから罵声が浴びせられても、ペナルティーが怖くて足が出せない。

 こうしている間に、今度はベッカムが消えた。

 バルセロナに自由にパスを回され、ボールを追う足取りは徐々に重くなる。レアル・マドリー全体が疲労で覆われようとしていた。すでに足が止まったジダンは交代させられていた。一度だけベッカムが自陣からドリブルで独走するシーンがあった。が、ゴールに近づくにつれてスピードが落ち、ゴールにまっすぐ向かうはずが、コーナーへ追い込まれてシュートのアングルを失っていく。そのうちディフェンダーに囲まれてしまった。

 そして84分、ロナウジーニョの放ったディフェンダーの頭を越えるパスを、シャビーが跳び蹴り。ボールはレアル・マドリーのゴールに吸い込まれていった……。

 このまま試合終了のホイッスルが吹かれる。

 ロナウジーニョの抱擁と、ベッカムのスタンドへの拍手は、信じられないほどの静寂の中おごそかに行われた。バルセロナの2点目で大勢が席を立っていた。残っていた観客の誰も、もうグラウンドに興味を示そうとはしなかった。

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