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上村愛子 届かなかった想い。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

posted2006/02/23 00:00

 気温マイナス3度、微風。トリノ郊外のサウゼドルクスには日本から大勢の応援団が駆けつけていた。TVカメラも興味津々というようにその応援団の様子を場内のビジョンに映し、DJが「ジャポネーゼ!」と叫ぶ。さらにメディア数も日本は他国を圧倒。ヒロインのために舞台は整えられていたのだが……。

 「今度こそメダル」と決意した上村がこの1年取り組んできたのは、3D「コークスクリュー720」の完成度を高めること、苦手意識のあるもう一つのエア「360」の向上、ターンの修正。その3つだった。

 予選5位で通過した上村の決勝は、その成果を問うものとなるはずだった。

 第1エアの360は、予選に続き体の軸が微妙にずれた。そのため第2エアのコークスクリューが素晴らしい出来だったにもかかわらず、エア点が伸び悩んだ。ターンは、最初のターンで体勢がやや乱れるなど、メダリスト3人と比較すれば1点前後低い評価にとどまった。意外だったのはタイムが決勝20人中15 番目だったこと。上村は、W杯などではトップに近いタイムを出すことが多かった。本人は、「遅かったですね。なんでですかね」と歯切れが悪かった。故障で場数を踏まないまま臨んだ影響があったのかもしれない。あるいはコースとの相性だったのか……。

 コークスクリューは他のどの選手のエアよりも喝采を浴びた。「どのコースでもかけられる」と自信を見せていたとおり、見事に仕上げてきた。だが他の部分はそこまでに至らなかった。優勝したジェニファー・ハイルはあらゆる点で完璧だった。どのような状況にも左右されず高いパフォーマンスを発揮できるレベルにあったからこその金メダルだったのだ。不完全な部分を残しては、メダルは手繰り寄せるのは難しい。時間が足りなかった。

 試合が終了して約3時間、イタリアの時刻で午後11時半になろうかという頃、上村はテレビに出演し、笑顔でこう語った。

 「メダルは取れなかったけれど、気持ちのいいコークを決めて幸せでした」

 内心は言葉通りではなかっただろう。決勝時、上位3人が待機するゴールエリアの席を立ち、他の選手を祝福しながらも上手く笑えなかった顔が、試合直後の涙が、物語っている。そして大会前日から見せていた今までにない集中したあるいは険しいともとれる表情にも決意は表れていた。

 「今度は後悔しない」という思いから始まったこの4年の結末は満足のいくものではなかった。だが振り返れば、課題を克服し、また新たな課題にぶつかり、努力を積み重ねる。その繰り返しだった。言えるのは、7位、6位、5位と五輪の成績に表れているように、足取りは早くはないが、少しずつ前に進んできたのが上村だということだ。

 次の4年も、きっとさらに前に進める。

上村愛子
トリノ五輪
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