反射神経を越えた、イチローの思考。

津川晋一 = 文 ⇒この著者の記事一覧

text by Shinichi Tsugawa

photograph by Yukihito Taguchi

反射神経を越えた、イチローの思考。

関連アスリート・チーム:

チーム・選手名
イチロー
シアトル・マリナーズ

 忘れ去られてしまうには、あまりにもったいないプレーがあった。5月29日アナハイムで行われたエンゼルス対マリナーズ、4回裏の出来事だ。

 時計の針は午後8時を指していた。その時、クインランの打球が中堅で守るイチローのもとへ飛んだ。余裕を持って捕球すると誰もが思った瞬間、いきなりイチローが後ろを振り返った。打球は約3m後方へ落ちた。「センター方向に来たのは分かりましたよ。ただ、その後は……」

 実はこの時、空が真っ白になり打球が消える、いわゆる“薄暮”の時間帯だった。外野手にとって最も厄介な、魔の数分間だったのだ。「『絶対にフライは来るな!』っていう念力が弱かった。その意味では(自分を)責めるね」と独特の言い回しをしたが、要は名手をしてもお手上げだったというわけだ。結果はもちろん失策ではなく二塁打。イチローですら薄暮には勝てなかった、という論調でメディアも取り上げた。

 だが、改めて中継画像で確認すると、イチローは確かに「I got it(俺が捕る)!」と幾度も叫び、さも万全の体勢で捕球するかのような姿勢を見せている。ここに、隠れたファインプレーがあった。「バッターの心理を考えれば、見失った感じを出したくなかった。三塁まで行くからね。できるだけ普段の動きに近く振る舞わないと力を緩めてくれないから」。つまりは、打者走者を欺いて二塁打にとどめた、トリックだったという訳だ。

 オンプレーでのあらゆる可能性を想定して、事前にイメージトレーニングをしていたのか。用意周到なイチローならば十分に考え得るが、そこは笑って否定する。「そんなことないよ。打球が消えることは知っているし、そういう可能性をいつも考えてはいるけど、声を出すっていうのは、消えた瞬間の判断だね」。反射神経が働き、打球の行方を探そうとしても不思議ではない。ところがイチローに限っては、肉体の反応よりも瞬時の思考が優ったのである。敵も味方も、球場の誰をも巻き込んだ、究極のアドリブ……。

 「僕はドラマにも出ているしね、そこは役者にならないと。バカ正直になったらダメでしょう。そういうことです(笑)」

 この巧妙な手口、あの“警部補”ならば見破って、コートをなびかせ三塁まで走っただろうか。

■関連コラム► イチロー200本安打は芸術になった。メジャーの野球殿堂入りも確実に!
► 敗北感と涙の先に。イチローを襲ったはじめての感情。


Numberオリジナルグッズ作成

MLBニュース

MLBニュース一覧へ

761

アスリートの本棚。
読書が彼らを強くする 
9月2日発売 目次を見る
最新号表紙
ナイトランって気持ちいい!!世界最高のサッカーをWOWOWで見る!有名選手のサイン入りグッズが当たる!言わせろナンバー プレゼントキャンペーン

フォトギャラリー

一覧へ
成田・金子の果敢なヘッドスライディング 砂を巻き上げ猛然と3塁を狙う報徳学園の谷
聖光学院の4番・遠藤雅。打席前の豪快な雄叫び 2ランホームランを放った履正社“T-山田“

文藝春秋の新刊紹介

表紙

野球へのラブレター
長嶋 茂雄・著

天覧試合秘話から、松井、イチローとの知られざる絆まで。ミスターのベースボール讃歌

Amazon.co.jpで買う

表紙

中澤佑二 不屈
佐藤 岳・著

劣等生がなぜ日本代表のキャプテンにまでなったか。彼を見続けてきた記者が解き明かす

Amazon.co.jpで買う

表紙

いざ志願! おひとりさま自衛隊
岡田 真理・著

ごくフツーの女性が酔った勢いで応募した予備自衛官補の試験に合格! 驚きと笑いの体験ルポ

Amazon.co.jpで買う

表紙

中村俊輔オリジナルサッカーノート3冊セット

中村俊輔選手が「17歳の頃からずっとこんなノートが欲しかった」という、サッカーノート決定版がついに完成

Amazon.co.jpで買う