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ジダン代表復帰をめぐるそれぞれの思惑。 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

PROFILE

posted2005/09/01 00:00

 神のお告げではないのだそうだ。

 「ある晩、深夜3時に突然目が覚めた。そして傍にいる誰かと話したんだ。(相手は)あなたがまだ見たことのない、遥か彼方からやってきた人物としか言いようがないなあ……」

 そして彼は代表復帰を決意する。ところがこのフランス・フットボール誌のインタビューが公になった直後に、ジネディーヌ・ジダンはホームページでその内容を否定した。

 「僕はある特定の人物と話した。それは僕の兄で、神とも宗教ともまったく関係はない」

 この際重要なのは神でも兄でもない。要はジダンが復帰を決めたことであり、フランスとジダンの双方にそうせざるを得ない事情があった。

 ワールドカップ予選でフランスは崖っ縁に立っている。6試合を終えアイルランド、スイス、イスラエルに続き4組の第4位。プレーオフ出場権獲得ですら、ダブリン(9月7日、対アイルランド)かベルン(10月8日、対スイス)で勝つことが絶対条件である。レイモン・ドメネク監督は、新チームの構築を放棄してワールドカップ出場を目指し、エメ・ジャケ技術委員長も方向転換を容認せざるを得なかった。

 ドイツ行きを逃せば国家的な損失になる。ジャック・シラク大統領から代表スポンサーのアディダスまで、有形無形のプレッシャーをかけてジダン復帰を促した。

 他方でジダンも、レアル・マドリーで2年連続無冠という不本意なシーズンを送っていた。33歳の彼は、残された時間の短さと、代表を離れた寂しさの板ばさみになっていた。

 「チームメイトがそれぞれの代表に合流し、自分だけがクラブに残って練習するのは想像以上に辛いことなんだ。彼と会ったとき、言葉や態度の端々から復帰への意志を感じたよ」とアラン・ボゴシアン(元フランス代表)はいう。

 ドメネクとジダン、両者の思惑はドメネクがジダンのもとを何度も訪れ、説得を重ねるなかで次第に近づいていく。とはいえ一度は引退を公言した以上、復帰には慎重を期す必要がある。そこが例えば「(コカイン中毒を克服した)僕の3度目の現役復帰に、これだけ注目してくれてとても嬉しい」と何のてらいもなく言えるディエゴ・マラドーナと、内気なジダンとの違いでもあった。

 体調は近年になくいい。パトリック・ビエラが間に立つことで、EURO2004で生まれたティエリー・アンリとの確執も解決した。ジダン抜きのフランス代表がいかに難しいかを、誰よりもアンリ自身が実感していた。またビエラは、キャプテンの腕章も快くジダンに譲った。

 ジダンの意を汲んだドメネクは、同時にクロード・マケレレとリリアン・テュラム(マケレレは喜んで、テュラムは嫌々ながら)の代表復帰も決めた。もちろんジダンのポジションはトップ下である。すべての障害をクリアしたうえでの、満を持してのカムバックであった。

 8月17日、はじめて代表に選ばれた日からちょうど11年後、ジダンは再びフランス代表としてコートジボワール戦のピッチに立った。

 「僕はゾロ(活劇ヒーロー)でも救世主でもない。ただフランス代表は僕のすべてで、そのチームに貢献できるのがとても嬉しいんだ」

 だが彼に求められている役割はまさに救世主そのもの。謙虚であるのは、それを本人が一番よくわかっているからなのだろう。最初の答えは、2週間後にダブリンで出る。

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