無人の客席に手を振り、静かにガッツポーズを作った。すべてはスタンドの向こうのファンのために。異例の無観客ダービーを控えた稀代の天才ジョッキーが電話インタビューで語った、日本競馬の覚悟と進化。(Number1003号掲載)
――新型コロナウイルスの影響で、競馬場から歓声が消えたのは、2月29日でした。それから3カ月が経とうとしています。
「無観客開催が始まる少し前には、天皇陛下の一般参賀の中止という大きな出来事がありましたから、異例の形ではあっても、競馬を続けさせてもらえていることを本当にありがたく思っています。
スポーツに限らず、ライブなどのイベントが続々と中止になっていくご時世ですから、競馬だけがこうして続いていることに否定的な意見も出てくるのではないかと少し心配もしていました。でも、競馬ファンじゃなかったはずの人たちも含めて、口々に『競馬はこのまま頑張ってください』『いま、楽しみと言えば競馬しかないんだからね。応援していますよ』と、励ましの言葉をいただけるんです。ステイホームの時代の貴重な娯楽となっている競馬は、こんなにもアテにされているんだな、と……。正直、グッとくる気持ちにもなりました」
無人のスタンドへのガッツポーズ。
――以前('01年)、武さんはフランスで無観客競馬を経験されています。
「あの時はロンシャンで従業員のストがあったんです。『こんなことあるんだ』と乗っていて不思議な気持ちでした。だからといって無観客に慣れているわけではないし、ファンの歓声があった方がもちろん、やりやすいです」
――無観客競馬がはじまった翌週、今年からディープインパクト記念の副題がついた3月8日の弥生賞で、メンバー中唯一のディープ産駒であるサトノフラッグで勝利しました。無人のスタンドに向かって手を振り、ガッツポーズを作りましたよね。これは話題になりました。
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photograph by Shigeyoshi Ohi