光輝に包まれた2年間の現役生活のなかでも、その秋は特別に濃密だった。単なる敗北に留まらず、王者の名誉をも揺るがした凱旋門賞失格という蹉跌。引退までの残り2戦、絶対に負けられない――。最後の秋に完璧な勝利で汚名をすすぐために、陣営は壮絶な戦いを静かに繰り広げていた。(Number987号掲載)
この馬なら日本のホースマンの積年の夢を叶えてくれる――。そんな大きな期待を背負って2006年の凱旋門賞に臨んだディープインパクトはしかし、本来の「飛ぶ走り」ができず、3位入線に終わった。失意のまま10月4日に帰国。陣営が10月29日の天皇賞・秋への出走の意思を示したことにより、10月10日から東京競馬場の厩舎で着地検査を行うことになった。
管理調教師だった池江泰郎はこう話す。
「敗れて悔しい思いをしましたが、強いことはあらためて証明された。金子真人オーナーは年内に天皇賞とジャパンカップ、有馬記念と3戦することを望んでいましたので、それに向けて調整を進めました」
ところが、東京競馬場入りした翌日、予期していなかったことが起きた。金子から池江に連絡が入り、ディープを年内で引退させると告げられたのだ。
「驚きました。馬が無事なら、翌年もチャンスがあると思っていましたので。それは幻に終わりましたが、気持ちを切り換えて、残りのレースに集中することにしました」
ディープの調教に騎乗していた調教助手の池江敏行は、叔父でもある池江から東京競馬場の厩舎でそれを伝えられた。
「残念な気持ちが強かったですが、それまでいろいろなプレッシャーがあったり、つらい思いもしてきていたので、『やっと楽になれるかな』とも思いました」
デビュー前から担当厩務員として付きっ切りで世話をしてきた市川明彦にとっても突然の報せだった。
「凱旋門賞の直後、関係者全員『来年頑張ろう』と口にしていただけに、なぜ、という思いが頭のなかを駆けめぐりました」
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