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バレーボールPRESSBACK NUMBER
「お見送りに行きたかった…」男子バレー小野寺太志が「お父さんだし、先生」と慕う人物とは? 学んだ“世界一”の包容力「自分もチームにいい影響を」
text by

米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byJVA/AFLO SPORT
posted2026/09/11 11:03
安定感あるプレーと、チームを俯瞰した言動で日本代表を支えるミドルブロッカー小野寺太志(30歳)
「僕は割と、外側からみんなを包む、みたいなイメージでやっています。なるべくみんなのことを見たいなと思って。僕は『頑張ろう頑張ろう』となると集中しすぎて視野が狭くなるタイプなので、できるだけ力が抜けた状態でいられるよう、意識的に外を見るようにしています。
学生時代やJT(現・広島サンダーズ)に入ったばかりの頃、例えばクイックを打つ時に、普通にやれば決まるのに、頑張ろう頑張ろうとなりすぎると、タッチを取られたり、止められたりした。なんでだろう?と考えた時に、目の前のことに一杯一杯になっている自分がいて。『自分はこのスタイルじゃないのかも』と思ったんです。だからいいプレーをしても、もちろん喜ぶけど、『よっし!』ぐらいな。少し力が抜けた感じでやろうと意識したら、いいプレーができるようになって、『こういうことなのかな』と気づきました」
一歩引いてチームを見ることで、チームメイトの状態や些細な変化にも気づけ、フォローできる。
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同じミドルブロッカーのエバデダン・ラリーは、「太志さんは、大雑把に言うと、世話焼きですね。いい意味で。すごく見てくれているし、言語化も上手なので、助けられています」と頼りにする。
プレーも感情も常に安定した、包容力のある大人のプレーヤーだ。
その小野寺が、まるで子供のように口を尖らせ、すねていた。今年7月の合宿中のことだ。
「お見送りに行きたかったのに……」
日本で8年間プレーしたムセルスキー
見送りたかった相手は、サントリーサンバーズ大阪で3シーズンともにプレーし、昨季限りで現役を引退した元ロシア代表のドミトリー・ムセルスキーだった。
8年間日本でプレーしたムセルスキーは、7月3日に帰国の途についた。その日は沖縄合宿の合流日だったため、小野寺は泣く泣く諦め、「代表のこと嫌いになりそう」と恨めしそうに冗談をこぼしていた。
それほど大きな存在だった。
「僕も普段、外側からみんなを、というイメージでやっていますけど、そんな僕のことも、ディマ(ムセルスキー)は外から包み込んでくれた。だからサントリーに移籍してからは、自由に、気楽にプレーさせてもらえました」

