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《世界選手権ケイリン日本女子初のアルカンシェル獲得》次々と歴史を塗り替える佐藤水菜が貫く挑戦者の気持ち「世界女王のプライドはない」
posted2025/09/11 11:00
世界選手権2024女子ケイリンで優勝した佐藤水菜
text by

石井宏美Hiromi Ishii
photograph by
Kiichi Matsumoto
2020年7月にナショナルチームに加入し5年目を迎えた昨年の夏。2021、2022年と2年連続世界選手権女子ケイリンで銀メダルを獲得した日本自転車競技界の女王は、出場できなかった選手の思いも背負って、パリの大舞台に挑んだ。
スプリント予選の200mフライングタイムトライアルでは10秒257と自身が持つ日本記録を更新したが、同種目では10位、ケイリンは13位タイと目標に掲げていたメダルには及ばなかった。
「レースはいつもと同じなので特に意識していなかったのですが、自分が考えうる最悪の状態でレースを迎えてしまった日もあって。もちろん、良いパフォーマンスが出せた日もありますが悔しさの方が圧倒的に大きいですね。世界の強豪選手たちに食らいつき戦っているなか、自分の気持ちが不安定になった瞬間、すべてが崩れてしまい、結果を出すことができませんでした。精神的な弱さが出てしまったと思います」
佐藤水菜はパリから帰国したその足で平塚競輪場へ直行し、女子オールスター競輪に出場という強行スケジュールをこなした。同大会では3日間すべてのレースで1着となり完全優勝し、その強さは際立っていた。
だが競輪で結果を残す一方で、昨年10月の世界選手権の結果次第では、競技から退くことも考えていたと明かす。
「昨年の世界選手権では長年ともに戦ってきた梅川(風子)選手が競技から引退することが決まっていたので、それまでは何があっても頑張ろうと決めていたんです。オリンピックのときのようなシナリオを繰り返さないように努力して、それがうまくいって結果を残すこともできたので競技を続けられるという気持ちになれたのですが」
モチベーションを高めることが難しくなっていた時期に佐藤が挑戦したのが中長距離種目だった。
「それまでいろんな思いをしてきて、競技を嫌いにならないためにも気分を変えたかったんです。それにいろいろチャレンジすることで自分の可能性も広げたくて」
海外では中距離種目も走れて短距離でトップレベルという選手が多い。新たな挑戦で基礎体力を向上させ、瞬時の判断を鍛えた。ベースを底上げすることでさらなるレベルアップを狙った。
梅川とのラストレースとなった昨年の世界選手権ケイリンではともに決勝に進出。佐藤は女子短距離種目で史上初の金メダルを獲得し、自身4度目の出場で悲願を達成した。6番手からの展開となった決勝では、スプリントの覇者でパリ五輪銅メダリストのエマ・フィヌケン(イギリス)を鮮やかにまくってみせた。「彼女は強い選手だし自分から動くタイプ。タイミングを見計らって私がその上を行くという感じだった」と事前にコーチと練った作戦が見事にハマった結果手にした勝利だった。
だが念願の世界女王となっても、手放しで喜んではいない。「本当に運が良かっただけなので」と何度も繰り返す。
「(金メダルは)取れて良かったし、取りたかったものだけど、実力で取ったという感覚がなくて。本当に自分が強いとか、女王にふさわしいとも思っていないんですよ。そういうプライドもありませんから」
昨年の大会はパリ直後の開催で、五輪2冠のエレセ・アンドリューズ(ニュージーランド)ら主力級が不在だっただけに、満足感は思ったほど得られなかった。だからこそ、初めて袖を通した虹色のチャンピオンジャージ・アルカンシェルも、最初こそ喜びを感じたが、それ以上に「弱いところは見せられない。慢心したくないし、これで強いと言われても」と気を引き締める。
「チャンピオンに恥じない走りをしなければいけないという責任感が生まれましたし、当然、プレッシャーもあります。競技だけでなく、競輪のレースでも一走一走の重みをより痛感しています。精神的な重圧を感じるようになりました。ふがいないレースをして“世界女王ってこんなもんなんだ”と思われたくないですし、価値を下げるようなことは絶対にできませんから」
ガールズケイリン史上初のグランプリスラムを達成し、ジャパントラックカップIIのケイリンを制すなど、今年も異次元の強さを発揮している。梅川らの競技引退で、短距離種目における佐藤への期待はさらに高まっているが、連覇が懸かる10月の世界選手権でも、あくまでも「挑戦者の気持ち」で。攻めの姿勢をとことん貫く。
UCI世界選手権2025(トラック)
10月22日から南米チリ・サンティアゴで開催
世界王者・佐藤水菜、山崎賢人、窪木一茂も参戦!
2025年大会は11年ぶりにアメリカ大陸で開催される。昨年は6種目でメダル、うち3種目でアルカンシェルを獲得した日本トラック競技ナショナルチーム。2連覇を懸けたディフェンディングチャンピオン3選手の挑戦だけでなく、世界とともに進化し続ける日本チーム全選手に注目だ。

競輪とオートレースの売上の一部は、機械工業の振興や社会福祉等に役立てられています。


