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《自転車競技中距離種目で日本男子初のアルカンシェル獲得》進化し続ける36歳・窪木一茂が経験と胆力を武器に目指す3年後の夢舞台
posted2025/09/25 11:00
世界選手権2024男子スクラッチで優勝した窪木一茂
text by

石井宏美Hiromi Ishii
photograph by
Kiichi Matsumoto
どうすればもっと強くなれるのか――。
自身初のオリンピックとなった2016年リオ大会の男子オムニアムで窪木一茂は14位と苦杯を喫した。しかし世界との差を痛感させられると同時に、その心に「また挑戦したい」という炎がともった。
当時、欧州でロードチームに所属していた窪木は、ナショナルチームの東京五輪に向けた新体制がスタートすることを知り、同大会を目指す覚悟を決め、帰国。その後、新型コロナウイルスの流行により延期が決定し、日本競輪選手養成所へ入所した。
「それまで距離のトレーニングはたくさん積んできていましたが、養成所ではほぼスプリントのトレーニング。強くなるための環境が整っていると思いましたし、スピードを養えれば、東京もまだチャンスはあるかもしれないと当時は考えていたんです」
東京五輪出場はならなかったが、その後、パリ大会を目指すことを決意。'23年中距離代表コーチにダニエル・ギジガー氏が就任したこともその追い風となった。
「ダニエルコーチは同じロード出身で、考え方や方向性が似ているんです。今も良い関係を築けていると思いますし、これまで僕がやってきたことと重なる部分が多数あって。それが自分にとっては大きいですね」
トレーニングセンターでの専門家集団によるサポート体制、競輪によるスピードとスタミナ面の強化が、より世界で戦えるレベルまで水準を引き上げた。その証拠に'22年、'23年の世界選手権で窪木はスクラッチで銀メダルを獲得している。
昨夏のパリ五輪は「本気で勝ちに行く」と臨んだ。チームパシュートこそ予選落ちだったものの、オムニアムとマディソンで6位と、8年前よりも前進している手応えは掴めた。だからこそ「本当に状態よく仕上がっていたのに、力をすべて発揮しきれなかった」と悔やみきれない思いもある。
直前のネーションズカップではオムニアムで2位と好調。万全の準備で臨んだつもりだったからだ。
「少し守りに入ってしまい、他国の仕上がりの良さを感じて怖気づいたところもありましたね。積極的に走れなかった。そこは経験の差。どんな状態でもパフォーマンスを発揮できる力を付けないと。ベースを上げることが必要だと痛感しました」
2カ月後の世界選手権の男子スクラッチでは「あんなに暴走するような強さは、自分でもびっくりです」と自身も驚きのレース展開で男子中距離種目では日本初の金メダルを獲得。残り40周あたりから激しくなった展開だったが、その流れにもひるむことなく「集団が崩壊しているのを見て思い切りいった」と果敢に飛び出していった。「本当に体と気持ちが勝手に反応したというか。オリンピックで積極的に走れなかったことも、頭のどこかにあったと思います」とレースを振り返るが、豊富な経験による的確な判断がもたらした勝利といえる。
窪木が強さのバロメーターとしてフォーカスしている一つがタイムだ。
200mフライングタイムトライアルでは9秒台、1kmのタイムトライアルで59秒台、4kmパシュートで4分1桁台を出す。これが3年後のロサンゼルス五輪を目指すための指針にもなっている。
「競技歴が長いゆえに、タイムを縮めることが簡単ではないことも十分に分かっています。でも昨年の世界選手権では4分8秒台が出せた。それは自分でも少し驚きだったのですが、それなら目標が少し低いと思ったので、限りなく4分に近づけたいと。これを3年後、39歳の肉体で達成できれば十分なのかなと思いますね」
今年6月で36歳、ナショナルチームでは最年長のベテランだ。
「免疫力がいつの間にか落ちて風邪をひいたときに年齢を感じます」と冗談交じりに笑うが、むしろ年齢を重ねるたびに強さを増している印象だ。その姿に刺激を受ける若手も多い。
そんな窪木がこの先の目標の一つとして掲げるのが、グレードの高い競輪のレースで優勝することだ。
「年齢が上がっていくにつれて体力も落ちますし、上のクラスで優勝することは難しくなります。ただ目標タイムを出せれば、競輪でも結果が伴ってくると考えていて。だからこそ競技はもちろん、競輪での結果にもこだわっていきたいです」
ハングリーさを忘れずどん欲に。己に限界を作らず、限界を超えていく――。
UCI世界選手権2025(トラック)
10月22日から南米チリ・サンティアゴで開催
世界王者・窪木一茂、山崎賢人、佐藤水菜も参戦!
2025年大会は11年ぶりにアメリカ大陸で開催される。昨年は6種目でメダル、うち3種目でアルカンシェルを獲得した日本トラック競技ナショナルチーム。2連覇を懸けたディフェンディングチャンピオン3選手の挑戦だけでなく、世界とともに進化し続ける日本チーム全選手に注目だ。

競輪とオートレースの売上の一部は、機械工業の振興や社会福祉等に役立てられています。


