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プロ初勝利は伝説の始まりとなるか?
“異能の投手”菊池雄星、東北への夢。
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2011/07/04 12:10
初勝利のヒーローインタビューでは決して涙を見せなかった菊池。ウイニングボールは恩師である花巻東高の佐々木洋監督に贈られた
プロ入り初のヒーローインタビューは、いかにも、菊池雄星らしい言葉だった。
「野手のみなさんがたくさん点を取ってくれたので、勝たせてもらいました」
6月30日のオリックス戦。自身プロ2度目の先発で初勝利を挙げると、菊池はそんな言葉を真っ先に選んだのである。
自らの勝利を喜ぶのではなく、周囲への感謝を口にする。菊池を知っているものからすれば、あのセリフに彼らしさを感じたに違いない。
過去、これほど純真なプロ野球選手がいただろうか。
プロ初先発のマウンドに立った6月12日の阪神戦では、西武ドーム内に響いた「菊池コール」に感動し、勝利に貢献できなかったと、試合後にはむせび泣いていた。高校生ならともかく、プロ野球選手がみせる姿としては異色の光景だろう。
プロの世界では「良い人ほど成功しない」と言われることが多い。
人の良さが勝負所での足かせになるからそう言われるようだ。ただ、菊池の人の良さや何事に対しても純真な態度は、彼ほど高いレベルまで達するのであれば、それはそれで特異な才能として認めてしまいたくもなる。
あまりにも素直過ぎて、あらゆる助言を受け入れていた菊池。
とはいえ、入団してからのこの1年間は、純真さゆえの葛藤があったのも、また事実である。
どのような助言に対しても、すぐに聞く耳を持つ彼は、時に、人の話を聞きすぎるきらいがあった。趣味である読書を重ね、たくさんの知識を詰め込む。また一方で、効果があるといわれるトレーニング方法に触れては、あれこれと答えを探そうとする。
昨年オフ、ある食事会で菊池と同席させてもらうことがあったが、その時も「それをやると、どういう効果が生まれるんですか?」というような質問を、さかんに周囲に投げかけていた。
「あの時と似ているかもしれません……結果を残そうと思いすぎて、色んなことを考えて、投げ方も、変なところから投げたりしていました」
彼がその食事会の席で振り返っていたのは、スランプに陥った高校2年の時のことだ。
高校1年で140キロのストレートを投げ、一躍注目されることとなった菊池は、その評判に応えたいばかりに、調子を崩してしまっていたのである。